国民の良識の作動はいつか

佐藤勝巳

(2009. 9. 2)

 

 総選挙の翌朝は雨が降り続いた。自民党にとって涙雨であることは言うまでもないが、あれだけ大勝した民主党幹部にも弾けるような笑顔は見られず、不思議な印象を受けた。

 

 このたびの総選挙の結果を見て、最近の自民党総裁選を思い出した。安倍晋三氏が総裁選に立候補し、党内の流れが安倍晋三氏支持とわかるやいなや、なだれを打つように支持者が増え出す。福田康夫氏、麻生太郎氏のときも全く同じ現象となった。勝ち馬に乗り遅れたら大変という、群集心理がありありとうかがえた。

 このたびの民主党の大勝利は、現象としては似たようなところがあるが、実際は自民党の自滅以外の何ものでもなかったと私は見ている。有権者が何となく変だと思っていたことは、民主党が指摘している、権力にまとわり付く胡散臭い政官の癒着である。さらに安倍・福田両政権の辞任の仕方は、たとえ衆参のねじれがあったとは言え、どうしても与野党の戦いに耐え切れず、政権を「投げ出した」という印象は避けられなかった。

 麻生太郎氏を総裁に選出、一年もたたないのに、それもあろうことか総選挙を目前にして今度は自民党内から「麻生おろし」が始まった。「自民党は何をやっているのか」という認識が国民の中に急速に広がっていった。自分たちのやっていることが如何に可笑しいかに気がつかなくなっていた自民党の体質が最大の敗因であったのではないか。

 

 だが、これは自民党固有のものだろうか。私はこれくらい社会全体が豊かで、自由があり、無気力で穏やかな社会が半世紀以上も続くと、どんな世界でもゆるみが出てくる、それの反映の一つが自民党の現状ではないか、とかなり前から思っていた。

 民主党は政官癒着を激しく攻撃しているが、民主党も同じ日本という豊かで自由な社会風土の中で生きてきた人たちである。鳩山由紀夫代表と安倍晋三元首相の2人は非常に似た体質を持っていると感じているのは私一人ではないと思う。それなのに有権者は自民党の議席を激減させ、民主党を大勝させた。理由は何か。

 

 自民党は長年政権を担当、世界一自由で豊かな国を作り出したという自負があり、おごりも生まれた。それと同時に権力周辺に歯垢(しこう)のように落としても、落としても絶えず発生し続ける胡散臭さは拭えなかった。07年の参議院選挙で自民党の敗北が具体的な有権者からの意思表示であったと思われる。衆参のねじれ現象がおき、政治が停滞しているのに、打開の道を真剣に模索する動きも見られず、そこにアメリカ発の経済危機が直撃、失業が大きな社会問題となった。

 有権者の間に「自民党では駄目だ。民主党にやらせてみよう」という流れが作り出され、民主党に308議席を与え、自民党は300余議席から、119議席に激減、公明党は8小選挙区で全滅となった、と素人の私は見ている。

 

 民主党は権力を取って政治を行うのは初めてである。鳩山由紀夫代表は、よく言えば青年のように、有り体に言うなら幼く、政権公約が実現できなければすぐ責任をとると繰り返し国民に約束した。民主党の当選者は青年達が多い。権力と関係する歯垢とは無縁の世界で生きてきた人たちで新鮮である。しかし権力を行使して国民の運命を日々決断していかなければならない厳しさを垣間見たこともない集団だ。

 

 外国、党内、野党や官僚、国民各層から、色々の要求が津波のように押し寄せてくる。それをさばくノウハウなど小澤チルドレンはいうまでもなく、民主党議員で心得ている人は例外である。後述の8月31日のNHKの幹事長クラスの討論会で、子ども手当の財源をめぐる討論のとき、国民新党亀井静香代表がこともなげに「10兆や20兆簡単にひねり出せますよ」(数字は明確に記憶していない)と言ってのけた。

 民主党岡田克也幹事長、社民党福島瑞穂党首の二人は、鳩が豆鉄砲くったという感じで亀井氏の発言を聞いていたのが大変印象に残った。亀井氏が言っているのがウソか本当か私は知らないが、権力を握ったことのある政治家と、そうでないない政治家の差は歴然としていた。子供手当が経済活性化に繋がると主張する岡田氏に対して、自民党細田博之幹事長は、過去に官房長官として権力中枢で、何度も予算編成を手がけてきているから、財源問題や経済効率などの問題点は熟知している。討論の最後には落ち着き払って「予算委員会で質問させていただきます」と発言していたが、仕方のないことであるが、格の違いを見せていた。

 このように民主党には歯垢はないが、執権党としての蓄積はゼロだ。民主党308人の国会議員は自民党と同じ日本の風土と文化の中で生存してきた人たちで、鳩山由紀夫氏が困難に直面したとき、安倍晋三氏と異なる政治行動をとる可能性は低いと私は見ている。

 

 問題なのは民主党を選んだ有権者の生き方のである。民主党は「国民第一」共産党は「国民が主人公」というスローガンを掲げて総選挙を戦った。その国民が食べずに捨てる食糧は年間1900万トンだ。発展途上国で食糧危機を救うのに300万トン必要量だという。発展途上国から見れば、日本国民は信じがたい飽食をしながら民主党を選んだのである。

 この飽食によって「成人病」が蔓延し、特にガン患者を大量に作り出し(死亡のトップ)、効果が疑問視されている抗ガン剤などに膨大な医療費を無駄遣いしている。

 政治家から見ると有権者は神様かもしれないが、飽食に根ざした肥満に象徴される生き方を不問に付し、「国民第一」とか「国民が主人公」はたまた「後期高齢者の医療費を無料にせよ」(8月31日NHKの討論番組)などという大衆迎合の発言は、いずれ財政も人間性も破壊するであろう。

 

 問題なのは、今回の総選挙で各党が競って、自助努力、節約、我慢の大切さとは正反対の、国民が望むことは何でも面倒を見るという間違った対応したことであった。人間が健康で暮らすためには健康の自己管理、後期高齢者に歩くことや適度の運動などをすすめれば、医療機関にかかる回数が減り、医療費の削減となる。これを指導するのが政治の仕事ではないのか。やっていることは逆だ。議席が欲しいばかりに、有権者の主体的な生き方を放棄させる、高齢者の医療費をタダにすべきだなど馬鹿なことを言っているが、タダにしたらどうなるか考えたことがあるのだろうか。

 

 民主党は子ども手当として1人月2万6000円、毎年5兆5千億円を支出するというが,カネを支給すれば子どもを生むという認識だ。少子化問題は解決しなければならないが、カネで解決するという発想は間違いだと思う。

 民主党岡田幹事長は、この子ども手当ての支給で内需を高め、経済活性化も図る、これこそが「国民第一」の政策と力説していた。人類が地球上に生まれて500万年、親が子どもを生み育てて今日に至っている。が、民主党はカネを媒介にして政府が子孫を残すことに介入する、という「画期的な」ことを実行するのだ。これは自立した人間の営みを励ますのではなく、何もかも政府が面倒見ます。だから票を下さい、という大衆迎合の見本である。

 民主党は自民党に対して、政官癒着を糾弾しているが、民主党は政権をとるために間違った国民の要求に迎合、自立して生きるという人間の最も大切な核を破壊しようとしているのではないのか。

 

 自民党と国民は、数十年間営々として自由で安全、かつ豊かで飽食の日本を作り上げた。しかし、食べもしない食糧を2000万トン近くも放棄する国民の生活態度は異常だ。有権者はそれの反省もないまま、民主党に馬を乗り替えた。民主党は、自制なき国民の欲望に迎合、人間性の破壊に積極的に加担し出した。問題は国民の良識が、いつどんな形で作動するのか、まさにわれわれは岐路に立たされている。

更新日:2022年6月24日