北のあらゆる弱点を突け

佐藤勝巳

(2009. 6. 8)

 

 昨年末から金正日政権が慌ただしい動きを示している。今年に入ってからも、弾道ミサイルの発射と核実験をおこない、更に近々長短のミサイル発射実験も予測されている。

 この金正日政権の動きをどう捉え、どう対処するのかをめぐって、さまざまな議論がなされているが、私は、金正日政権が長年にわたって追求してきた「核保有」の最後の詰めの段階に入ってきた具体的な現われと捉えている。

 1999年、彼らは「3紙共同社説」(後述)で、金日成生誕100年に当たる2012年に思想・軍事・経済面で「強盛大国」になるという政治目標を設定している。金日成が死亡し金正日個人独裁になってから、国家目標が軍事優先政策 に変わった。だが、朝鮮人民軍の通常兵器は、米韓日に比較したら恐ろしく旧式で、現代戦に耐えうる代物ではない。

 それ故、金正日政権にとって、何が何でも核兵器を所有せねば「強盛」大国になることができない。弾道ミサイルを発射したり、核実験をおこなったりするのは「強盛大国」実現の必須条件なのだ。金正日の体調不良や後継者問題のために核やミサイル実験がおこなわれているという分析は事実と違うと思う。

 この政権は毎年1月1日に発表される施政方針演説「3紙共同社説」(党、軍、青年の機関紙)で、2009年を「強盛大国建設の……歴史的な飛躍を遂げるべき新たな革命的大高潮の年」と規定している。事実、共同社説の中身は、経済・工業などすべての分野が「強盛大国」実現に向けられている。金正日政権にとって2012年までのあと3年。この間に核ミサイルを保有できなければ、重大なピンチを迎えることになる。

 金正日政権が国際的に相手にされているのは、核保有の可能性があるからだ。核を持てず、自国の国民を食べさせることのできない独裁政権など誰も相手にしない。それどころか、韓国に併呑される可能性がたかまるだけだ。

 北の支配階級にとって「核兵器」とは、このように彼らの命運がかかっているから、中国、ロシア始め国連加盟国がどんなに反対非難しても、聞く耳を持つはずがない。命がけで戦いを挑んでくるのは当然のことだ。

 それに対し金正日政権を除6者協議のメンバーは「金正日政権に核を放棄させる」という点では一致しているが、あくまでもそれは言葉の上だけであって、金正日政権の本質から目をそむけ、裏では米中の縄張り争いという矛盾を抱えている。だからあんな政権に足をすくわれるのだ。

 金正日政権の本質は、朝鮮戦争や大韓航空機爆破事件などの例を引くまでもなく、暴力である。これまでも、絶えず武力を背景とした戦争も辞さずという「革命」集団の捨て身の外交を特徴としてきている。

 従って金正日政権に核開発を止めろという交渉は、暴力団に暴力を捨てろというのと同じ話で、実現不可能なことなのだ。なぜなら暴力団が稼げるのは暴力を恐れている人たちがいるからだ。

 5者が保有する軍事力と北のそれを比較すると天文学的な違いがある。それなのに彼らの核開発を阻止できないできたのは何故なのか。5者が戦争を恐れ軍事力の行使をためらってきたからではないのか。

 国連での制裁措置をめぐる論議のなかで「北の船舶を臨検したら戦争になる」という中国の主張、また、韓国左派勢力の北を怒らせたら戦争になるというセリフがその典型だ。それは日米も同じだ。戦争を恐れているものに戦争するぞ、という脅しがもっとも効果がある。つまり5者は金正日政権に完全に足元を見透かされて脅されてきたのだ。

 1994年、ビル・クリントン政権は「ならずもの」を信じ、北が核開発を放棄する代償として原子力発電用軽水炉110万キロワット2基と毎年50万トンの重油を援助することに合意した。だが金正日政権は約束を破り裏で核開発を続けていたことが、2002年10月にばれて、ジュネーブ合意はご破算となった。

 その反省に立って2003年から6者協議を始めた。北を除く5者はここでもまた、重油100万トンと引き換えに核を放棄するという金正日政権の言葉を信じた。だが、「ならずもの」たちは言葉とは裏腹に、核とミサイルを開発し、06年、09年の2度も核実験を実行した。55万トンの石油をタダ取りされても5者は、黙して語らないのが現状だ。

 核を放棄させる交渉の最中に核を放棄するはずの金正日政権に、2度も核実験を強行された5者は恥ずかしく思うどころか、未だに中国、ロシア、アメリカは6者協議を云々している。これはとんでもない無責任な態度ではないのか。

 北に核を放棄させるため過去20年近い交渉を、たとえて言うなら、アメリカなどは、肉食動物が腹をすかしているので肉を与えれば手なずけること(核放棄)が出来ると判断した。そして石油という肉を与えた。「ならずもの」はもらった肉を食して元気になると、肉を与えたものに襲いかかってきた。

 肉食動物に餌を与えても草食動物にはならないように、「ならずもの」も、もらうものはもらっても、決して堅気にはならない。堅気になったら彼らは生きてゆけない体質だからだ

 ではどうすればよいのか。彼らの本質は「革命的暴力」の「確信犯」なのである。「確信犯」に話し合って核を放棄させることなどあり得ない。事実失敗しているではないか。この種集団には、好むと好まざるとにかかわらず、彼らの暴力を上まわる暴力をもって対処する以外に解決の道はないのである。

 「ならずもの」が核を保有したらどうなるか。核兵器で韓国、日本、そして中国をも恫喝してくることは自明だ。核を持たない今でも対処できないでいるというのに、核を持ったら手の施しようがなくなる。

 洪熒氏との対談(本欄5月18日参照)の中で言及したように、金正日政権の核保有は、東アジアに第2の核ドミノ現象を引き起こすだけではなく、核拡散防止条約の事実上の崩壊をもたらし、国際情勢にも重大な影響を与える。

 このような事態を回避するには、金正日政権に核を持たせないことしかない。前述の対談で洪氏が指摘しているように、今からでも遅くない、日韓米3国が「総力を挙げて金正日政権の弱点を徹底的に突く」ことが大切である。そうでないと取り返しのつかないことになる。

更新日:2022年6月24日