玉城素さんの本

佐藤勝巳

(2009. 5.25)

 

 故玉城素さんの素晴らしい本が出版された。

 書名は『玉城素の北朝鮮研究――金正日の10年を読み解く』(四六版382頁、2500円)であり、出版元は晩聲社(03-5283-3721)。この本の最大の特徴は、分かりやすいことである。

 とは言っても週刊誌のようなものではない。外国人にとって北朝鮮の文章を解読するのは物凄いエネルギーを必要とする。労働新聞など北朝鮮の文献を読んだことのある人ならご理解いただけると思うが多い重複、非論理的で、裏づけなしの推論と断定。彼ら以外通用しない独特の金日成・金正日崇拝用語の羅列。

 北朝鮮研究には、こうした果てしなく続く無味乾燥の個人神格化の文言の中から、何を言いたいのかを拾い出し、前言と比較検討する膨大な知識と超能力が要求される。

 今度出版された玉城さんの著書は、あの呪文のような公式文献から、よくもここまで分かりやすく記述できたものと感嘆した。分かりやすいということはそういう意味である。

 これだけ分かりやすく独裁国家の仕組みや政策の推移を解明した玉城さんは、掛け値なしに凄い人だと思った。労働党幹部を最も感心させる本であろう。こんな本を書ける人は玉城さんの前にもいなかったし、今後は更に出てこない。

 北を分析する物差しは、「人権」「自由」「民主主義」「拉致」「伝統文化」「韓国憲法」「国連憲章」「労働党規約」など色々あると思われるが、玉城さんの物差しは上記のいずれでもなく、マルクス主義である。

 本ネットで昨年書いたことであるが、玉城さんの頭の中には、「推理小説」「土木」北の「政治・経済・予算」「マルクス理論」「拉致」などさまざまな引き出しがある。私に比べてマルクス主義の知識は半端なものではなかった。とにかく玉城さんの頭のよさは尋常でなかった。

 玉城さんの場合は、活字から得た知識だけではなく、敗戦直後から約10年間、日本共産党宮城県委員として在日朝鮮人と一緒に「革命運動」をやってきた経験がある。共産主義運動の具体的な経験者が書いた北朝鮮分析書は、望んでも今後出てくることはない。この1点だけでも本書出版の意義は大きい。

 私はかなり前から、北朝鮮の金日成父子政権の統一政策に関心を持ってきたが、共産主義のイデオロギーと一党独裁、それと伝統思想(儒教)の結合が、権力世襲という独裁政権を作り出したと思ってきた。いま3代目の世襲が話題になっているが、韓国の報道を見ていると、世襲に疑問を持つのではなく、3人の息子の誰が権力継承者の席に座るかに関心が集中している。改めて日本との文化の違いを痛感させられる。

 金日成の権力を長男金正日が世襲したのは、伝統文化の反映と思われるが、イデオロギーには滅法強かった玉城さんが、そのことに余り触れていないのは、なぜなのか。

 また、人はものを書くとき文章にしないが色々のことを考えるものだ。玉城さんはあの個人崇拝の呪文を読みながら何を考えて文章を綴っていたのか。

 私はいつの頃からか、北朝鮮における労働新聞などの公式文献は「核心階層」(特権階級・両班)用の「官報」であり、「動揺階層」「敵対階層」(常民)には関係ないものだと思うようになった。支配・被支配の構造は李朝時代そのものではないか。あの世に行って対談をする機会があったら、この点を是非とも聞いてみたいと思っている。

 本の中身について私があれこれ言うよりも、北朝鮮に関心のある人は是非読んで頂きたい。この本を読まずして北朝鮮を語ってもらっては困る。心ある韓国人にも1人でも多く読んで欲しいと本気で思っている。

 人の評価は、棺のふたを覆ったとき決まると言われているが、本書は生前の玉城さんの友人である田中明さん、林建彦さんを始めとし、晩聲社(専務)の成美子さん、彼女は赤字覚悟で出版を引き受けた。編集を担当した竹澤マサさんは、今まで沢山の単行本を手がけてきた編集者だが、本書の作りは最高の出来ばえだと思う。

 また、巻末の玉城さんの「著作目録」は花房征夫さんにしか作れない労作だ。玉城さんを知る上で欠かせないものであると同時に、第2次世界大戦後の日本における朝鮮問題がどんな位置を占めていたかを窺がわせる貴重な資料でもある。

 玉城さんが、ニコニコ笑って、ハイライトを揺らしながらページをめくっている姿が目に浮かんでくる。

更新日:2022年6月24日