元気を与えてくれて有難う

佐藤勝巳

(2009. 3.27)

 

 ワールド・べースボール・クラッシック(WBC)は、日本の連勝で終わった。世の中暗い話ばかりのときだけに、日本中が久し振りに盛り上がりを見せた。

 イチローの調子がいまひとつで、なんとなくもやもやしていたが、土壇場の決定的瞬間に糸を引くような適宜安打をセンター前に打ち返し、勝利を手中に収めただけに、なお一層盛り上がった。

 一番印象に残ったコメントは「日本と韓国で決勝戦をやってアジアのレベルの高さを知らしめた。自分達で『ワールドシリーズ』とか言っている米国のうぬぼれを懲らしめたことで、価値があったじゃないかな」とアメリカの「うぬぼれ」を批判した楽天の野村監督であった。

 これを読んで「そうか、アメリカは野球でも『帝国主義』だったのだ」と教えられた。確かにアメリカのピッチャーの球は速いし、バッターも力いっぱいバットを振り回してくるから、豪快である。

 しかし、前回も今回も選手権大会で日本に勝てなかった。今回は前回と違って日本に完全に負けた。なぜか。

 一つは野球について考え方に違いがあるということだ。松坂大輔投手が所属するレッドソックスのテリー・フランコナ監督は「大会期間中は冷や汗をかいていた。この時期のプレーは怪我が一番怖い。国の代表だから選手は夢中でプレーする。それでこうなってしまった。ダイスケの球数もチームで投げる倍以上になったし…」(産経新聞3月24日)とハラハラしていた気持ちを率直に語っている。

 「米国との準決勝前日、米国人記者が原監督に聞いた。『ボストンのファンは、ダイスケがなぜこの試合に一生懸命になるのか、理解できない』」(朝日新聞3月25日)と問いかけている。

 問われた原監督は戸惑ったと思われる。前出の楽天・野村監督は「うちの2人(岩隈、田中)は立派に貢献したよ」とレッドソックスの監督とは正反対の見方をしている。WBCで日本の4番を打った横浜大洋の村田選手は足に肉離れを起こし、全治6週間の治療。シリーズの開幕には到底間に合わない。チームにとってとんでもない損失である。

 だが、村田選手は優勝が決まったとき「みんな日本国民のために頑張った。侍ジャパンの一員として戦った誇りはある。(戦列を離れた)悔しい思いがいい思い出になるよう、早く復帰したい」(前掲、朝日新聞)と侍ジャパンを誇りにしている。

 球団からも苦情が聞こえてこない。以上の発言を見れば分かるように、日本の選手・監督には、日の丸を背負っている、国家と民族のためにという自覚が明確に見られた。アメリカの選手・監督には多民族の国家のせいか、個が基本で「アメリカ合衆国のために」という意識が希薄である。

 アメリカではWBC参加をオープン戦の一つぐらいに思っている球団・選手がいる。だから辞退者が多くいるのだという記事も見られた。これが真実に近いとすると、優勝を手放しで喜んでいるわけには行かなくなる。

 しかし、次の話は注目された。アメリカのベテラン・スカウトの話をニューヨク・タイムズ紙が次のように伝えたという。「日本の試合前の守備練習にはうなる。そこで選手が捕球するゴロの数は大リーグ選手の1週間分より多い。日本選手の基礎の確かさがこれで分かった」「コーチのノックのうまさはどうだ。右に左に打ち分け、バックハンドで捕球させ、強いワンバウンドを打ち、バックスピン、トッブスピン、緩いゴロと千変万化。ノックするコーチと捕球する内野手の動きがシンフォニーの演奏のように正確に連動し、野球の美しさとまさしくこれ、と舌を巻いた」(前掲、産経新聞)

 続けて産経新聞のコラムは「選手ばかりではなく、日本球界はノッカーも大リーグに引き抜かれるかもしれない」と記しているが、日本ではこれは日常的な風景だ。言葉を変えて言うなら、日本は基礎訓練をやっているが、アメリカはそれをやっていないから、シンフォニーなどと言って驚くことになる。

 日本にアメリカから野球が伝わってきたのは138年前の1871年(明治4年)である。1世紀余日本という風土の中で、岩隈投手に代表される抜群のコントロールと変化球は世界に通用する。そして足を使った機動力野球の大切さを誰もが否定できなくなった。

 韓国の選手が日本のプロ野球界でプレーをしている。練習方法など共通性が多い。その2チームが決勝を争ったということは、アジアを無視してもはや野球を語ることが出来なくなったことが、今大会最大の収穫と言えよう。

 今回改めて発見したことは、イチローがバッターボックスに立って、右手でバットを真っ直ぐに立て、投手を見つめる眼差しは、侍が力を抜いて真剣を正眼に構えている姿そのものであった。

 あの集中力が決勝打を生み出したのだが、集中力を創造したのはハングリーなどとは無縁のものだ。武士道という言葉があるが、「野球道」を極めたものの眼差しだと見た。

 今回のチームは原監督を先頭に、すがすがしかった、そして明るく、素晴らしい団結力だった。元気を与えてくれて有難う。

更新日:2022年6月24日