金賢姫さん、気をつけてください

佐藤勝巳

(2009. 3.16)

 

 日本の報道機関は金賢姫氏と飯塚氏一家の面会を、拉致に焦点を合わせて報道した。

 韓国の朝鮮日報(3月12日)は金賢姫氏の記者会見の模様を「会見当初は小さめだった声も、徐々に大きくなり始めた。金死刑囚は<一部ではKAL機爆破は当時の国家安全企画部の自作自演であり、北朝鮮工作員の金賢姫は偽物と疑惑を主張していますが、20年前の事件を今も誰が行ったか分からないというのは非常に残念です。KAL機事件は北朝鮮によるテロ行為です>と強い調子で語った」と大韓航空機爆破事件に焦点を合わせて報道した。国と立場が違ったら関心がこんなにも違うものか、と目を見張った。

 3月11日の釜山での面会の話を耳にしたとき、「金賢姫は今なぜ飯塚氏一家と会うのだろう」と疑問がよぎった。報道されているように、彼女は身の安全を守るために携帯電話も固定電話も持っていない。あるのかも知れないが、誰にも教えられないほど身辺は危険に満ちている、というよりも人間不信に陥っているということではないか。

 金賢姫氏は金正日の命令で大韓航空機を爆破、115名の韓国人の命を一瞬にして奪った、テロ実行犯の一人であり、唯一の生き証人でもある。金正日政権にとって、消えて欲しい人間だ。かつて北の元工作員は私に「暗殺の標的は、狙ったら100%成功する」と自信をもって語っていた。

 彼女と飯塚氏一家がテレビの前で面会したからといって、拉致が解決するわけではない。面会だけなら秘密にやればよいことだ。カメラの前での記者会見は金賢姫にとってリスクが大き過ぎる、と私は今でも思っている。

 冒頭に紹介した朝鮮日報の報道を見て、金賢姫氏は韓国の政権も保守に変わった、逃げ隠れせず飯塚氏一家との記者会見の場で、金正日政権とその手先へ向けての闘争宣言を行ったのか、とすら思った。もしそうなら韓国の政治情勢を見誤っている。

 それはともかく「<大韓航空(KAL)858便爆破事件でっち上げ説>について質問に答える金賢姫元死刑囚の表情には、つらかった過去が刻まれているようだった」(前掲)と記していたが、私も同じ印象を強く受けた。

 20年前彼女がソウルで記者会見に臨み、大韓航空機を自分が爆破したことを認めたとき、私は東京の某テレビ局の夕方の生番組にコメンテーターとして出演していた。キャスターに「本当に北朝鮮の工作員ですか」と問われた。北の公式文献が1988年のソウル五輪を「粉砕」すると公然と書いていたので「間違いないと思う」と答えた。

 その時、何度も何度もアップに映し出された彼女の表情と、訓練で鍛えられた若さ溢れる女性工作員の人生がどうなるのか、複雑な思いで見たことを今でも忘れない。このたび陰を帯び、やつれた姿に接して、過去の苦労が如何に可酷なものか、胸が詰まった。

 しかし金賢姫の賢さと意思の強さは変っていなかった。韓国の政治に腹は立つであろうが、突出は危険である。心ある仲間たちと連帯し、慎重に行動しいて頂きたいと願う。

更新日:2022年6月24日