読み違いで戦争は始まる

佐藤勝巳

(2009. 2.20)

 

 韓国の「連合ニュース」は、3月8日の最高人民会議(日本の国会にあたる)代議員選挙に関連して朝鮮中央テレビが18日有権者の「忠誠の決起大会」で、金鎰喆前人民武力部長が同省第1次官の肩書きで確認されたと報じた(読売新聞2月18日付)。事実なら大事件である。

 

軍幹部大量交替の意味

 金正日国家国防委員長は、2月11日つまり1週間前に、人民武力部長に金永春国防委員会副委員長・次帥を、また総参謀長には李泳鎬平壌防衛司令官・大将を任命した。

 そのほか、軍総政治局第1副局長、総参謀部作戦局長、空軍司令、海軍司令が交代している。韓国中央日報の分析によると07年から現在まで、新しく任命された高位級軍人は51人、6人に1人が入れ替わっている、という。

 なぜ今人民武力部長と参謀総長という軍トップなどの交代なのか。韓国連合ニュースの報道が正しければ、前武力部長が第1次官に格下げされ、部下であった人の下で勤務することになる。

 筆者の記憶に誤りがなければ、朝鮮人民軍の人事で、過去に総参謀長が罷免され、地方の共同農場の書記に飛ばされた例はあるが、次官に格下げのケースは知らない。テレビだから同名異人ではなかろう。理由の如何を問わず降格であることは間違いなさそうだ。

 韓国のメディアは金永春氏を「強硬派」「金正日側近」と報道している。その根拠は金永春氏が総参謀長のとき、2回黄海で韓国海軍に軍事挑発を行い、1998年のテポドン実験も行っている、というものだ。

 この推論が正しければ、金鎰喆前武力部長は強硬派ではなかったことになる。韓国海軍と戦争をする、テポドンを発射するのに、金正日国防委員長の許可なく出来るはずもないし、金正日委員長の命令を無視することも100%あり得ない。多分、世代交代ではないのか。

 

「無慈悲な対応措置」

 すべて独裁者金正日の意向に従って戦略・戦術が立てられ、実行されていく世界だ。総参謀長の裁量権のないところで、韓国メディアの推論は妥当ではないと思う。

 それはともかく、2月18日朝鮮人民軍総参謀本部報道官は、韓国の李明博政権が対決的姿勢を取り続けるなら「われわれは無慈悲で強力な対応措置を伴うだろう」と国営朝鮮中央通信を通じて再び警告した。

 オバマ政権の対応は、完全に金正日政権の期待を裏切っている。上記の言動を見ればわかるように金正日政権は相当危機的状況に追い込まれていることがわかる。

 過去、何度も何度も北朝鮮から伝わってきていたことは、民主党政権が実現すれば、すぐにでも米朝国交樹立可能という、主観的で期待感溢れる情報であった。今、彼らはアメリカのオバマ民主党政権に対するとんでもない読み違いで慌てふためき、全面的な作戦の建て直しである。

 

奉賀帳に条件をつけてサインを

 ヒラリー・クリントン国務長官就任最初の訪問国が、金正日政権から見れば許しがたい日本であった。同長官が日本でとった言動は、「核開発の計画を、完全で検証可能なかたちで放棄すれば、国交を樹立する」。また、ミサイル発射の挑発は止めろ、であった。

 日本で面会したのが、外務大臣、総理大臣、民主党代表、そして横田夫妻、飯塚家族会代表の3人である。金正日政権が解決済みと言っている拉致の被害者家族に、クリントン国務長官は深い理解と同情を示した。

 中曽根外務大臣との共同記者会見で、拉致を6者協議の枠組みの中で解決する、と発言した。ライス前国務長官は、拉致被害者家族とは面会しようとしなかったが、クリントン国務長官は、10分の予定を20分延ばして30分面会した。

 従来の金正日政権の工作の仕方を見ていると、在米のロビイストを使って、クリントン国務長官に工作をしたはずだ。クリントン国務長官は被害者家族に「どういう圧力をかけていくか検討したい」と述べた(2月17日「救う会」全国協議会メールニュース)という。

 金正日政権は、工作でヒルとライスを話し合い路線に変更させたように、これからアメリカ国務省に必死の工作を展開すると思われるが、今のところ功を奏していない。

 クリントン国務長官が強調していたように、オバマ大統領が初めてホワイトハウスに迎える外国の政治家が、日本の麻生太郎首相である。

 公平に見てオバマ政権が、日本に配慮しているのがよく分かる。なぜか。世界を見渡して、共通の価値観を持つ国でアメリカの国債を買えるのは日本しかない。

 これはアメリカ合衆国の国益に基づく対日外交であることは言うまでもない。前ブッシュ大統領は、これも国益に沿って06年4月、横田早紀江さんに会って「深い感銘を受けた。拉致は忘れない」と、それ以来機会あるたびに繰り返し口にしてきた。

 その数ヵ月後、ブッシュ政権はテロ国家との話し合い路線に政策を転換して、昨年11月には、日本人拉致解決に何の進展もないのに、テロ支援国家指定を解除した。情勢が変ると、同盟国の利益を損なっても独裁国家と妥協する、これが現実であることをブッシュ政権はわれわれに教えた。この教訓を忘れてはならない。

 クリントン国務長官の言葉を信じよう。しかし、片言隻句に一喜一憂してはならない。アメリカ国債の奉賀帳が回ってきたとき、「核と拉致」で条件を付して奉賀帳にサインできる政治家が出てこなければ、国際社会では生きてはいけない。

 それにしても国政の現状は余りにも酷すぎる。ソマリア沖の海賊に他国の商船はいうまでもなく、自国の商船も守ることが出来ない国家などソマリアと同じではなのか。

 一体この国はどうなっていくのか、心ある国民は本当に心配していることを、政治家達は党派を超えて自覚して欲しい。

更新日:2022年6月24日