「戦争一歩手前」と叫ぶ金正日政権

佐藤勝巳

(2009. 2. 2)

 

 金正日政権が1月30日、ついに「南北合意<すべて無効>」と言い出した。

 これは、北朝鮮の「祖国平和統一委員会」という統一戦線部の工作組織が発した声明で、誰にでもわかるように翻訳すると「俺の言うことを聞かなければ殴るぞ」という意味である。

 今年に入って、李明博政権への苛立ちをつのらせた金正日政権はたてつづけに声明を発している。まず、北当局の「施政方針」に当たる新年の「3紙共同社説」で過去の南北合意を全否定し、「ファッショ独裁時代を蘇らせ、北南対決に狂奔する南執権勢力」と李明博政権を糾弾。1月17日には朝鮮人民軍総参謀本部も、意のままに動かない(2000年と07年の南北首脳会談の宣言を実行しない)李明博政権への全面対決(恫喝)の声明を表明していた。 そして今度の「南北合意の<すべて無効>」声明である。

 金正日政権のこういう態度は今に始まったものではない。父・金日成のころも、しばしばあったことであり、いやもっと古い時代からの「民族の伝統」とは言い切れないにしても、歴史上珍しくない手法なのだ。

 しかし、新年に入って矢継ぎ早にこんなことを言い出したのは、外貨が枯渇し、経済的困難に陥っていることが大きな要因だ。だから、「伝統的手法」にのっとって「戦争するぞ」と李明博政権を脅迫し、金大中・盧武鉉時代のようにコメや肥料、おカネを韓国から只で調達しよとしているのだ。

 それにしても、金正日政権が、なぜこんなに追い詰められたのか。韓国国民が金大中・盧武鉉政権の対北融和政策を拒否し、李明博政権を選出したことに加えて、各国が金正日政権への制裁を緩和していないことが大きい。

 日本政府は拉致解決に「前進がなければ」油1滴、コメ1粒出さず、マンギョンボン号入港禁止などの制裁を2年半堅持し続けている。

 ブッシュ政権は、テロ支援国家指定は解除したが、その他の制裁は解除せず、金正日政権に実利を与えるまでには至っていない。

 中国は、依然朝鮮半島の非核化を求め「生かさず殺さず」の政策を変えないでいる。

 そしてもうひとつ、世界的な金融危機で株や証券が暴落しているため、金正日政権は海外で大損をしているのではないか、と消息筋は見ている。

 今回の祖国平和統一委員会の声明は「政治的・軍事的な対決状態の解消に関するすべての合意事項を無効にする」「西海の北方限界線(NLL)に関する合意を破棄する」「火と火、鉄と鉄がぶつかり合う戦争の一歩手前だ」と勇ましい。

 注目すべきことは、1991年南北で合意した「非核化宣言」を無効にするということだ。だが、金正日政権こそ非核化宣言に違反して核開発をしてきたことは周知の事実である。言いたい放題、やりたい放題の金正日政権であるが、ここまで言って何もしなかったら、益々世界中が金正日政権を「狼少年」と見て侮ることになる。

 もしかしたら、黄海で多少の小競り合いをやるかもしれない。過去にも2回(1999年、2002年)黄海で衝突しているからだ。しかし、2回とも北朝鮮海軍は韓国海軍にコテンパンにやられている。愚かな指導者の犠牲になる兵士たちこそ堪らない。

 06年、金正日政権がミサイルに引き続き核実験した当時の中朝関係は「建国以来最悪の事態」といわれた。

 だが、1月23日の中国共産党王家瑞対外連絡部長との会見で、金正日国家国防委員長は「朝鮮半島の非核化に努めるほか、関連する当事者と平和的に共存することを望むと述べた。そして朝鮮半島の緊張を望んでおらず、中国とともに協調、調和をなして6者会談を進展させていく」と話している(1月28日朝鮮新報ネット版)。

 だが、その舌の根も乾かぬうちに金正日政権は、統一戦線部の工作機関を使って韓国に「火と火、鉄と鉄がぶつかり合う戦争一歩手前だ」と恫喝をかけさせている。

 新年早々の金正日政権の派手なパフォーマンスの背景で今ひとつ見逃せないのは、オバマ政権の対朝鮮政策が反映している可能性がある。

 日本政府筋の話では、オバマ政権は、06年金正日政権の核実験後のブッシュ政権の対北朝鮮融和政策は誤りと見ている、という。この種の情報がピョンヤンに入らないはずがない。だとすると、金正日政権は、完全に期待を裏切られたことになる。

 もし、小規模であれオバマ政権の目を引き付けるために、軍事衝突を起こしたら、金正日政権の国際的孤立はいっそう促進し、経済的困難はさらに深まり、内部矛盾が激化していくであろう。この地域から目が離せなくなっている。

更新日:2022年6月24日