随筆 「貧困ビジネス」

-アメリカと北朝鮮の類似性-

佐藤勝巳

(2008.12. 9) 

 

アメリカと北朝鮮は瓜二つ

 アメリカの貧困の現実と、その理由をルポした堤未果著『ルポ 貧国大国アメリカ』(岩波新書)を最近読んで、私の知らなかったアメリカに出会い、自分の無知を恥ずべきか、それともこのような事態を報道してこなかったマスメディアの怠慢を責めるべきか、と考え込んでしまった。

 それにしても本書を読んで、アメリカと北朝鮮は、一握りの裕福層(者)と、圧倒的多くの国民が貧困にあえいでいるという点で、非常に似ている、ことに少なからぬ衝撃を受けた。

 北朝鮮は、マルクス・レーニン主義を発展させたという「主体思想」を掲げ、土地や工場などの「生産手段」の私有化を悪とみなし、共同化、または国有化した。しかしその成れの果てが、2000万人の国民の内、300万人を餓死させる(1995~98)という悲惨な事態を出現させた。

 一方、アメリカは、「新自由主義」の旗幟のもと、徹底した競争原理をあらゆる分野に持ち込み、無制限に富の私有を認めた結果、膨大な貧困層を作り出した。この貧困層を利用してイラク戦争などを遂行しているのだということを、本書は私に教えてくれた。

 事実を淡々と記述する本書を読み進むうちに、強い疑念にとらわれた。それはアメリカの労働者の意識についてである。

 

天文学的な格差

 今回の金融恐慌を引き起こした証券会社の経営者たちの驚くべき高給に、驚きよりも唖然とさせられた。

 「米5大証券会社の経営幹部の報酬総額はベトナムの国民総生産を上回る。ウォール・ストリートのファンド・マネージャーたちの収入は、スイスの国民総生産に匹敵。 

 リーマン・ブラザーズのフルド会長は200億円を超えるボーナス。リーマン・ブラザーズの社員は1億円近い退職金。

 ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレー両社の社員の平均給与は、日本円にして8000万円から1億円。米大企業の経営者の給与は一般労働者の約275倍」(以上の引用は、インターネットからのもので検証が必要)。

 上記の数字が事実に近いとすれば、アメリカには政治活動の自由があり、デモも集会も禁止されていない。それなのに労働者たちは、自分たちの生活や健康を護るために、なぜ企業や行政と闘おうとしないのだろうか。金正日政権下で体制に歯向かうえば、本人は公開銃殺され、家族は再び娑婆に戻ってくることが極めて困難な政治犯収容所に送られる。だから人民は権力に服従しているのだ。

 本書の中に現われてくるアメリカ人は愚痴ばかり言っている。自らの運命を自らの力で切り開いていく姿勢がまるで見られない。ルンペンプロレタリア一歩手前の、無気力なプロレタリアの群れでしかない。

 在留資格を持たない、非合法で米国に入国してきた、ヒスパニック系外国人なら国外追放(退去強制)があるから、政治的に動けないことは分かるが、貧困層に多いアフリカ系アメリカ人たちの、あの無気力ぶりはなんだろう。

 矛盾などどこの国でもある。貧困の解決は、富の分配をめぐって戦いがなされているかどうかである。本書を見る限り、物凄い賃金格差に貧困者たちの戦う姿が見えてこない。報告者が意図的にネグっているとも思えない。

 自らの生活を守る闘いをせず、貧困の解決を戦争に求めるというのでは、北朝鮮に酷似しているではないか。

 1993~94年の第1次朝鮮半島核危機のとき、北朝鮮から「これ以上悪くなることはない。早く戦争が始まって欲しい。勝っても負けても良くなる」という話が伝わってきたが、それと似たようなことが現在のアメリカの貧困層を蔽っているのではないだろうか。

 かつて左翼の中で「他民族を支配する民族は、自由ではあり得ない」という言葉が流行ったことがあった。この本に描かれたアメリカには、この言葉そのものの世界がある。

 

国務長官はマイノリティだが……

 「新自由主義」政策を掲げたブッシュ政権は、第1期目の国務長官にアフリカ系アメリカ人コリン・ルーサー・パウエル(1937年生まれ)を、第2期目は、同じアフリカ系アメリカ人コンドリーザ・ライス(1954年生まれ)を国務長官に就任させた。

 そのライス氏は、個人的見解と前置きした上で、オバマ氏の大統領当選を「米国の『長い旅路』において、過去の痛みを克服し、人種が人生を左右する要因でなくするための『明らかに並外れた前進』」であり、「その仕事は終わっていない」と語っている。

 アメリカで徴兵制が廃止され、志願制に変わったのは1973 年、米軍がベトナムから撤退した直後である。その志願兵の圧倒的多数が、貧困からの脱出を願う、アフリカ系アメリカ人と、在留資格を持たないヒスパニック系不法在留者であるということを、私は本書ではじめて知った。

 

うごめく「死の商人」

 本書では、貧困からの脱出を願って、イラクやイランの戦場に送られることを承知で、軍に志願していることや、従来軍が担当してきた工兵、輸送、医療、給食など非戦闘部門の諸々の業務を民間の人材派遣会社に委託していることも知った。

 イラク戦争で米軍は4000名以上の戦死者と、1万名以上の負傷者を出しているが、ほかにも身分が「民間人」のため、死亡しても傷ついても発表されていない人たちがいて、その圧倒的部分は、アメリカ合衆国の貧困層だという記述に私は関心を持った。

 ベトナム戦争のとき、徴兵制であったこともあり、アメリカ国内では激しい反戦デモがおこなわれた。今回は志願制であるから国民は起ち上がらないのだろうか、という疑問に、「貧乏人の命は安い」のだと考えるアメリカがあることに気づいた。そう考えたとき、アメリカが口にする「人権」の質がどんなものなのかが分かった。

 北朝鮮には公然たる身分差別がある。朝鮮労働党は、金日成・金正日独裁者一族に対する忠誠度などを基準にして、国民を「核心階層」(何が起きても金父子一家に忠誠を誓う集団)、「動揺階層」(忠誠心が確かでなく動揺する集団)、「敵対階層」(何かあると金父子に敵対する階層と見なされている集団)と、3分類している。

 階層によって食糧、衣類、進学、就職、住居の割り当てなど何から何まで差別している。「敵対階層」と分類されると、米国の貧困層と同じで、そこからの脱出は、志願して軍に入隊、成績を上げて党員になる以外に道がない。

 そうでなければ脱北か、餓死かだ。アメリカの貧困層も外国で命と引き替えに働くしかない。この構造は瓜二つである。

 

チェイニー「お前もか」

 換言すれば、支配者たちは、膨大な被差別集団を作り、金正日氏は、そのエネルギーを利用し体制維持を、アメリカのブルジョアジーは、貧困者の生き血をすすって、年収1億円を懐にしているのだ。

 現ブッシュ政権の中で、日本人拉致に理解を示していると言われているのがデック・チェイニー(1941年生まれ)副大統領である。氏は1995~2000年まで、世界最大の石油掘削機販売会社ハリバートン社のCEO(トップ)を勤めていた人だ。

 フリー百科事典『ウィキペディア』によると、この会社は湾岸戦争(1991年1月17日 ~2月28日)と、現在進行しているイラク戦争で「巨額の利益を得ている」という。チェイニー副大統領は、この会社の個人筆頭株主である。

 堤未果氏の著書によれば、イラクに派遣されている軍以外の要員は、人材派遣会社が募集し、派遣しているのだが、軍からの元受け会社の一つが、チェイニー副大統領が個人筆頭株主のハリバートン社なのである。

 堤氏は、この構造を指して、アメリカ合衆国が「貧困ビジネス」をやっていると書いている。今は余り聞かれなくなったが、昔はこういう人物を「死の商人」と呼んだ。不気味な世界がそこに見え隠れしている。

 オバマ新大統領は、イラクからの撤退を掲げて当選した。公約どおり「貧困ビジネス」を止めるであろう。当然なこととして、これが国内の雇用問題と経済に跳ね返っていく。新大統領の前途は考えただけでも気が遠くなりそうだ。

 

アメリカを冷静に直視しなければ

 今まで、私の怠慢から、アメリカ政府の対北朝鮮政策という視角のみで、アメリカ合衆国内部を見る目が殆どなかった。貧困層の子供たちの肥満は、貧乏であるからこその反映であること、台風カトリーナが民営化による人災であったこと、保険の民営化が貧乏人をさらに量産し、助かる命も切り捨てていることなど、アメリカ資本主義の底辺で、今、何が起きているのかを教えて頂いた、著者に感謝する。

 前述のようにアメリカで徴兵制から志願制に変わるのが、ベトナム撤退直後である。ベトナム戦争がアメリカ国民に深刻な影響を与えたことへの反応であろう。

 しかし、堤氏のレポートを読んで分かったことは、志願制を契機にアメリカ合衆国の軍隊は自由民主主義のためでも、オバマ新大統領が叫び続けた「アメリカは一つ」でもない。貧困からの脱出のための就職の一つに変わったのである。

 徴兵制なら、カネ、学歴の有無、社会的地位の如何を問わず平等に入隊、新兵教育がほどこされる。今は、アメリカの有産階級、中流家庭の子弟が志願して軍に入隊するなど、あっても例外であろう。

 わが国は、このような同盟国軍の質の変化をどう捉え、どう対処しようとしているのだろうか。

 日本と金正日政権の違いは、多少承知していたつもりであったが、同じ自由と民主主義を掲げても、日本とアメリカとでは相当な違いがあることを認識した上で、アメリカと付き合う必要がある、と改めて痛感させられた。

更新日:2022年6月24日