金融恐慌におびえる金正日政権

佐藤勝巳

(2008.12. 2)

 

 金正日政権は、2000年6月15日に南北のトップが交わした共同声明、07年の南北首脳会談の約束を韓国・李明博政権が守らないからということを理由に、1971年以来南北赤十字間に通じていたホットライン(電話)を切ってしまった。

 それ以外にも金剛山観光をはじめ、離散家族の面会も中断している。12月1日からは、北朝鮮内にある開城工業団地(土地と労働力は北が提供、南が軽工業施設を提供する経済特区。03年6月着工)への韓国からの交通にも大幅に規制を加え、軍事境界線をまたいで走っていた鉄道、京義線もストップさせた。

 この一連の措置は、分かりやすく言うなら、李明博政権が、金大中・盧武鉉両政権のように金正日政権を援助しないから、南北交流を中止する、ということだ。

 しかし、交流を中止すると、今まで金剛山・開城観光などで南から北に流れていた外貨収入が無くなって困るのは金正日政権のはずだ。韓国人は北朝鮮内の金剛山や開城を観光しなくとも生活には何の影響も無い。

 仮に開城工業団地が閉鎖されても、関係する個別企業は困るが、韓国経済全体に与える影響はたいしたものではない。現在、北朝鮮労働者約3万人に月1人75・5ドルが労賃として支払われているが、それも北に入らなくなる。

 困るのは韓国ではなく、金正日政権の方であるが、こういうとき金正日政権は、日本人とは違って、大言壮語する。

 14年前の1994年3月、朝鮮半島をめぐって第一次核危機が起きたとき、金正日政権は世界中から「あの政権はクレージだ」と注目を集めた。

 当時クリントン政権は北朝鮮の核問題で米朝が鋭く対立、戦争止やむなしと判断、具体的に戦争準備に入った。わが国政府も戦争を想定し、シナリオを作成した。

 緊張が東アジアを覆った、まさにその時、板門店で開かれた南北の実務者会議で、北の団長朴英洙平和委員会副局長(当時)が「戦争が起きればソウルは火の海になる」と発言したのであった。

 この件に限ったことではないが、よく言えば弱みを見せない、有り体に言えば、物事を客観的に見ることが出来ず、いつもハッタリを口にする政治集団なのだ。

 今回の南北交流の全面禁止に近い措置は、李明博政権を脅して屈服させようという思惑があることは言うまでもない。李明博政権は静観する態度を取っているが、正解であろう。

 一方、最近の金正日政権は資本主義的風潮を「黄色い風」と呼んで、警戒キャンペーンを展開している。

 韓国の脱北者などが金正日氏の体調などを書いたビラや1ドル紙幣を風船に積んで北朝鮮地域に打ち上げている。現在1ドルが北朝鮮労働者の賃金2ヶ月分に相当する。

 ある日あるとき風船に載って自分の賃金の2か月分が、天から降ってくる。このドル撒布が効果を発揮しないわけがない。北の支配者から見て国民の間に好ましくない変化が起きているのであろう。北のヒステリックな反応がそれを証明している。

 08年11月28日付本ネットで趙甲済氏が「『風船作戦』で金正日にけりをつける方法がある!」で書いているように、弾1発撃たずして意外なことが起きるかも知れない。

 この度金正日政権が「強硬な態度」に出てきているのは、金融恐慌との関係が大きいという。ドルや円に対するウォン安を見ても分かるように、韓国はいま、極めて深刻な事態に直面している。つまり、韓国経済の悪化によって、南から北に裏で流れていたカネが細り出し、事実上絶たれたというのだ。

 この情報が当たらずといえども遠からずなら、北の経済は南に従属しているということになる。金正日政権は、いくらなんでも李明博政権に「困っているから金を援助して欲しい」とは言えない。あの強がりは南に助けを求めている現われということだ。

 それにしても皮肉な話である。金正日政権は、アメリカと手を握って李明博政権や日本を追い詰めようと、6者協議の中で一貫して謀ってきた。

 その頼りにしてきたアメリカが金融恐慌でこけてしまい、韓国経由で金正日政権まで影響を与えだした。後継者問題も絡んで、北の政治上層部には少なくない緊張が支配しているという。

 本当に政治は一寸先が闇である。

更新日:2022年6月24日