日本は北の核にどう対処するのか

佐藤勝巳

(2008.11.21)

 

 世界は、アメリカ大統領選挙と時を同じくして襲ってきた金融危機で大変な騒ぎとなり、金正日政権の核や拉致などは、吹き飛ばされてしまった感がある。

 しかし、11月12日、金正日政権が文書での「核物質のサンプル採取」の約束を拒否してきたため、日本の安全保障上重大な事態が発生していることを見逃してはならない。

 金正日政権は「サンプル調査を口頭で認めたが、文書では認めない」と言い、クリストファー・ヒル国務次官補は「サンプル調査を認めた」から、テロ支援国家指定を解除したのだと言っている。

 金正日政権が、核爆弾の原料になるプルトニウムをいままでどれくらい生産したかを「検証」することは、核廃棄の必要不可欠の要件である。

 「検証」とは、原子炉や再処理施設(使用済み核燃料棒からプルトニウムを抽出する施設)内の容器、廃棄物、施設内の空気、施設周辺の土などを採取し、分析することである。

 米国や国際原子力機関(IAEA)の「検証」能力は、「20年前、30年前に実施された再処理の回数、原子炉の稼動周期、再処理期間、使用前核燃料棒の生産周期に至るまで突き止めることが出来る」(朝鮮日報11月15日)という。

 10月15日付「救う会」メールニュースによると、外務省斎木アジア大洋州局長は、「日米韓の調整において、日本側が、検証実施となって問題が生じることがないよう文書で確認することが重要であることを繰り返し指摘し、結果として米国が日本の懸念を共有するに至り、10月11日の国務省発表では、『米朝間の合意を6者間の正式な合意として文書化すべきとの日本の問題意識を共有していること、その点についても米朝間の合意に含まれていることにつき言及があった』」と説明している。

 つまり、日本外務省は、サンプル採取は口頭の約束では駄目だ、6者協議の正式文書で確認せよと米国務省に要請し、認識の共有化が図られた、というのである。

 これに対して冒頭に紹介したように、金正日政権は、サンプル採取を文書で約束することを断ってきたのだ。北は、口頭でサンプル採取を約束し、米政府がテロ支援国家指定を解除したら、「文書での約束はできない」と言い出したのである。

 米朝は裏では妥協が出来ているのに、表では対立しているかのごとく、お芝居をしているのかも知れない。ヒル国務次官補が、また騙されたのか、どちらにしても金正日政権はサンプル採取に応じないこと(査察の骨抜き)が、明確となってきた。

 金正日政権が米日韓の主張を認めたら、プルトニウムの総量、生産時期などが科学的に明らかになったうえ、金正日政権の今までの出鱈目な言動が白日の下にさらされ、核物質の行方は追及され、具体的な核放棄の実行段階に入らざるを得なくなる。

 北にとって、核の放棄は先軍政治の否定に他ならない。金正日国防委員長も軍も、承知するはずがない。いよいよ本音が出てきたと言うことである。

 5者、特に米日韓の側からすれば、金正日政権が主張する「サンプル採取を文書で約束出来ない」ということを認めたら、彼らの核保有を事実上容認することになり、これはとんでもない日本国民への裏切り行為である。

 その他の関連核施設の立ち入り調査なども、金正日政権の了解なしには査察できない合意になっているから、ますます核保有容認となる。

 ブッシュ政権は、「北の核兵器もしくは、核施設、技術が中東や国際テロ集団に流れなければそれでよい」と口にこそ出さないが、6者協議の中での行動はそうだ。このスタンスは、オバマ政権になっても多分変わらないと思う。

 しかし、わが国はそうは行かない。金正日政権は、国民を餓死させてでもミサイルに搭載可能な原爆の縮小化を急いでいる。米国に届く弾道ミサイルはないが、わが国に届く中距離弾道ミサイルを沢山(200基前後)持っていることは、もはや秘密ではない。そこへ原爆の縮小化が実現したら、大変なことになる。

 麻生内閣は、わが国の安全保障をどんな手段で実現しようとしているのか。わが国の安保は、日米同盟の上に成り立っている。だが、米国は自国の、あるいは自政権の利益を当然のことながら優先させることを、ついこの前も、テロ支援国家指定解除の過程で、露骨に見せつけたではないか。

 日本は、金正日政権の核の脅威にどう対処するのか。具体的にはサンプル採取問題にどういう態度で臨むのか。もっと言えばアメリカ政府にどういう態度をとるのか、がいま、鋭く問われている。政府は真面目に検討して欲しい。

 その場しのぎでズルズルと米国との関係を維持し続けたら、取り返しの付かないことになる危険はきわめて高いと見ている。

更新日:2022年6月24日