再び、テロ支援国家指定解除を考える

佐藤勝巳

(2008.10.20)

 

 日本が、テロ支援国家指定解除を阻止し得なかった問題点は何かについて、再び考察してみたい。

 日本人拉致救出問題は紛れもなく主権侵害であり、その解決は「国家の最重要課題」と政府が認識した場合、日米間に一定の緊張は避けられない。その緊張関係を日本と最大の同盟国・アメリカとの間に作りたくない、という考えが日本政府に働いたのではないか、と私は見ている。

 日本からの北朝鮮に対する送金停止、輸出品目の全面禁止など日本独自の制裁強化を講じた場合、米国務省が進めている金正日政権との話し合い政策とバッテング、摩擦が生じる。日米の対立が一定程度の限界を越えると、金正日政権を利することになるので、どこで折合いをつける必要がある。そうでもしない限り、米政府が日本人拉致の解決に力を注ぐはずがない。

 今回日米間で、そこまで話が詰められたのであろうか。その形跡はどこにも見て取れないのだ。何より、拉致対策本部を中心に、拉致解決という観点から、日本政府が米国のテロ支援国家指定解除問題をどう位置づけ、どう対処しようとしたのかが、国会の論議でも、マスコミの論調でも何ひとつ見えてこない。

 結果は、米国務省の主張どおりになったところを見ると、どこかで誰かが、ほどほどにと抑えたのか。そうでなければ、関係者全体が拉致を解決する気概を欠いていたのでは、ということになる。

 10月15日、外務省斎木昭隆アジア大洋州局長は、家族会・救う会・議連役員に対して「達成すべき目標に対して十分かとの批判を持つ人が多いことは承知しているが、6月26日に米国政府が議会に対して解除通告をして以来、45日の猶予期間があったにも関わらず米議会には何の動きもなかった。これはアメリカの問題だ」(救う会「全国協議会ニュース」08年10月15日より)と説明している。これは、幾つかの点で重大な問題をはらんでいる。

 昨年の秋頃、テロ支援国家指定解除問題をめぐって、〝テロ支援国家指定法は、アメリカ国内法であり、関与にはおのずから限界がある〟との認識が、政府内に広く存在していた。

 テロ支援国家指定法を解除するか、存続させるかはアメリカ大統領(政府)と議会が権限を持っていることは周知の事実。だが、理論的には、日本が働きかけて彼らの考えを変えることができたなら、同法の存続は可能であった。

 問題は日本がその努力をどれくらい行なったのか、である。

 大統領がテロ支援国家指定解除を議会に通告したのに、米議会が45日もの間、何の動きも起こさなかったというが、アメリカ人が北に拉致されているわけでも、金正日政権が米国に届くミサイルを持っているわけでもない。米議会がテロ支援国家指定解除に異論を唱える必要などないのだ。

 問題になっているのは、日本人拉致被害者の救出である。日本が米議会に働きかけをしなければ動くはずがない。動かなかったからテロ支援国家指定は解除された。なるようになったのである。

 日本のことなのに日本は殆ど動かず、「解除したアメリカ怪しからん」との声が、被害者家族を中心に上がっているが、とんでもない見当違いの批判ではないのか。

 本ネットで筆者と洪熒(ホン・ヒョン)氏が「米の対北・宥和政策転換の真相」(「現代コリア2008.3.7参照)で対談したとき、洪氏は日本の外交について鋭い指摘をしている。

 「冷戦時代から今まで、日本はそのような骨の折れる『外交工作』の必要がなかったのではないか。しかし、韓国や台湾などは自国の安全を守るために、誤解を恐れずに言うなら、アメリカからの安保上のコミットメントの確保を必要としました。だが米国は、出来れば当該国に防衛を任せて撤退したい、というのが本音です。だから韓国(たぶん、台湾も)は米国に対して安保上のコミットメントを撤回しないように、あらゆる働きかけが必要となってきます。(略)

 国の安全保障に極端な負担を抱えてきた、台湾・イスラエル・韓国などは、戦略的に情報収集や判断を誤ったら国の安保が危うくなります。真剣にならざるを得ないのです。端的に言って日本は、冷戦時代に(日本安保の外堀である)韓国や台湾などの必死の対米外交(あるいは工作)のお蔭で、アメリカに対する「同盟管理」がすごく楽だった、と言えるのではないか。安保のための情報収集や政治工作をせずに済んだから」

 ここで注目すべきことは、「韓国から米軍を撤退させるのは米国の国内法の問題だから、働きかけに限界がある」などという、とぼけた認識はどこにも見られないことだ。

 また、自国の安保を確保するために「あらゆる働きかけが必要だ」と洪氏は言っているが、日本は努力した形跡は見当たらない。

 この相違は、置かれた状況の違いは確かにあるが、自分の安全を自分で護るという意思の欠如であり、自分自身に対する無責任さの表れではないか、と考える。

 政府、国会、運動体、メディァは、拉致問題の「情報収集や判断を誤ったら」解決をさらに長引かせることになることや、日本に届くミサイルを200基前後も持っている金正日政権への現状認識に、全く緊張感を欠いている。

 本コラム「テロ支援国家指定解除の教訓」(08年10月14日)で触れたが、情報収集にカネを使っている様子もないし、情報機関もない。これで、金正日政権を相手に、拉致が解決できるはずがない。現状では拉致解決は非常に難しいと思わざるを得ない。

 今回のブッシュ政権のテロ支援国家指定解除に対して麻生総理大臣は、珍しく米国に対して不快感を露わにした。今こそ、日米関係をどうするのか、日本の安全保障問題に深刻かつ重大な問題を投げかけているのだが、この国は今、何もかもが、惰性に流されている、そんな感じがしてならない。

更新日:2022年6月24日