テロ支援国家指定解除の教訓

佐藤勝巳

(2008.10.14)

 

ヤクザの脅しに屈した米政府

 ブッシュ政権が、とうとうテロ支援国家指定を「暫定的」と言いながら、「解除」した。

 「暫定」とは、金正日政権が合意どおり査察を実行しないと、再度、テロ支援国家指定を発動するというのだ。ブッシュ政権のこんな話を、日本では誰も信じないだろう。

 06年秋以来、米朝2国間交渉が、ブッシュ政権の譲歩に次ぐ譲歩であったことを知っているからだ。つい最近まで、ブッシュ大統領は「北の了解なしで査察を行う、濃縮ウラン・核移転問題など米国の査察要求を認めなければ、テロ支援国家指定は解除しない」と明言してきた。

 ところが、金正日政権が、テロ支援国家指定を解除しないと核実験するぞ、プルトニウム再処理施設を再稼動するぞと恫喝すると、ブッシュ政権は、濃縮ウラン・核移転問題、既に生産ずみの核爆弾の行方などの未申告施設への立ち入り調査は、「相互の合意のもとで行う」と、金正日政権に拒否権を与え、テロ支援国家指定を解除したのだ。

 国務省マコーマック報道官は10月11日、ブッシュ政権は、こうすることで6者協議の枠組みを維持することが、よりまし、と政治的に判断したのだと言うが、これは逆に金正日政権の核保有の容認に繋がる極めて危険な判断である。

 現在保有している核爆弾を査察しようとしても、北朝鮮に拒否されたらできなくなる。これは事実上核を容認することになる。また、濃縮ウラン施設の査察も拒否できるから、核兵器生産の容認に繋がっていく。

 北が認めたといわれている寧辺の核施設の査察でも、サンプル採取などで言いがかりをつけてくるに決まっている。そのとき、ブッシュ政権は、テロ支援国家指定を再度発動するだろうか。出来るはずがない。

 再発動すれば、金正日政権は今回と同じく核実検をにおわせ、6者協議破綻をちらつかせる。枠組みを壊されたら、ブッシュ政権の「非核化」交渉の失敗が全世界に晒すことになってしまう。大統領選も絡んで、ブッシュ政権の決定的な弱みはこの点にある。

 一般にブッシュ政権の譲歩は「功績」を残すためと言われているが、それは違う。ヤクザに弱みを(6者の枠組みを維持したい)握られたブッシュが、壊すぞ、壊すぞと脅され、ヤクザの要求を次々と呑まざるを得なくなるアリ地獄と同じ構造なのだ。

 ブッシュ政権はあと3カ月で終わる。しかし、査察は半年から1年かかる。査察問題は、次の政権に引き継がれることになるが、金正日政権の本質(ヤクザ)を取り違えたらどうなるかを、われわれは心して記憶しておく必要がある。

 ヤクザに対する対応は、抑止力以外ないという、かけがえのない教訓をクリントン・ブッシュ両政権が、われわれの反面教師として役割を果たしてくれた。教訓は肝に命じて置く必要があろう。

 

対米外交の問題点

 さて、わが国は、なぜ、このような状態を阻止できなかったのであろう。金正日政権に対するアメリカの基本方針が、「圧力」から「対話」に変わった06年秋以降、外務省は、省内でどんな論議を交わし、首相官邸も含めてどんな結論をもってアメリカに対処してきたのか。

 結果は、アメリカ国務省の思う通りとなった。わが国の北朝鮮外交の政策決定は、どこで、誰がどのように決めていくのか、外からでは皆目見当もつかない。

 偶然であるが、安倍政権誕生とブッシュ政権の路線変更の時期が一致した。安倍政権は、ブッシュ政権とは逆に、歴代政権と違って「圧力」に力点を置いた「対話」路線を採用した。これは画期的なことであったが、ブッシュ政権とずれが生じた。

 北朝鮮政策をめぐって、日米間で政策調整がなされたと思われるが、結果は、前述のように米国務賞主導で終わった。なぜこんなことになったのか。どこかで歯止めをかけるチャンスが何度かあったと思われる。

 日本はなぜ、ヒル国務次官との「対決」、いやアメリカ国務省との「対決」を回避したのか。ここが、最大の問題点である、と私は前から思っていた。

 この場合の「対決」とは、日本の考えを明白に米政府に伝え、協力を要請することだ。協力を得ることが出来なければ、テロ支援国家指定解除を議会に通告した6月26日、日本政府は金正日政権に、より強い制裁を発動する旨、通告すべきだった。

 そうなれば、日米関係は緊張する。国の利益を守るのに緊張を避けたことは、政府の責任放棄ではないのか。拉致問題が長年解決できない重要な要因の一つはここにある。わが国外交の最大の問題点の一つであろう。

 かつて自民党の中川昭一議員が、「核の議論をするべきだ」と一言発言しただけで、ライス国務長官が東京に飛んできたではないか。北京もいち早く反応した。摩擦のない外交などありえない。米国に対して言うべきことを言え、やるべきことをやらないのは、愛国心の欠如に他ならない。

 また、拉致や核に関する情報収集のために日本政府は、どれくらいのカネを使っているのか。10年余救出運動に関与してきたが、皆目わからない。

 また、国の安全や拉致解決を「最重要課題」と言いながら、こんなに長く解決できないでいるのはなぜか。情報が勝負なのに、独立した情報機関のない国家など、国家ではないという深刻な現実を思い知らされたことである。

 次に、日本人の手で拉致を解決する気概が余りにもなさ過ぎる。だからヒル国務次官補、いやアメリカ国務省に舐められるのだ。

 13日付産経新聞一面で、日本がテロ支援国家指定をかけろ、と論じている。しかし、日本から北朝鮮への送金停止の制裁発動もできず苦しんでいるのが現実だ。この現実を突破できなくて、テロ支援国家指定は、話としては面白いが、実現性は如何なものか。

更新日:2022年6月24日