危機感のないのが危機である

佐藤勝巳

(2008.10. 6)

 

米・お粗末な外交

 「話が違うではないか、査察を詰めてこい」と、ブッシュ大統領が言ったかどうか分からないが、10月1日からのヒル国務次官補の訪朝には、そういう経緯があったのではないかと想像してしまう。

 というのは、核軍縮の核心部分である検証、査察問題が合意に達したから、ブッシュ大統領が議会にテロ支援国家指定解除を通告したのだ、と誰もが思っていた筈だ。

 だが、実態はそうではなかったのである。

 金正日政権が、軍事施設を含むすべての核施設への、国際基準(国際原子力機関など)を満たす立ち入り調査を認めなかったため、ブッシュ大統領は、解除期限が切れる8月11日になっても、テロ支援国家指定解除文書に署名しなかった。

 金正日政権は、ブッシュ大統領が解除文書に署名しないと分かるや、8月14日、関係国に核施設の無能力化中止を通告、9月2日核施設の復旧通告、翌日から復旧作業を開始した。

 9月24日には、プルトニウムを抽出する再処理施設の再稼動を宣言、国際原子力機関(IAEA)の職員に、封印解除とカメラの撤去を求め、同施設への立ち入りを禁止した。

 この一連の流れこそが、「査察の合意がなかった」事実を物語っているのではないか。

 そういえば、議会に解除通告した6月当時、ブッシュ大統領、ライス国務長官の二人は、期限の切れる8月11日までにサインの拒否をちらつかせ、金正日政権に譲歩を迫る旨発言していた。

 最近、ワシントンを訪問した日本政府関係者の話によれば、ブッシュ大統領は、「現状のままでテロ支援国家指定解除にサインすることはあり得ない」と政府関係者が語っていた、という。

 今まで私が繰り返し指摘してきたように、金正日政権は核の放棄など全く考えていない。だから、6者協議が破綻(はたん)しても特に驚くに当たらない。なるようになったのだ。それにしても、ここ数年の金正日政権の非核化をめぐる馬鹿騒ぎは一体なんだったのか。

 

米中利害の一致

 今までの経緯を総合すると、中国の対朝鮮半島政策は、①朝鮮半島の混乱による中国への脱北者流入抑止、②金正日氏の体調に異常が起きれば、親中政権樹立に努める、③韓国との国境を接することを回避するため、軍事境界線は撤廃しない、④中国の安全保障のため北朝鮮には核は持たせない、ということで、それが国益に適うと考えている。 

 米国の金正日政権への関心は、核が中東を通じ国際テロ集団に拡散しなければよい、という米国の安全保障という一点に尽きる。

 米中は、自国の安全保障のために、金正日政権に武力を行使せず核を放棄させたい、という点で利害が一致している。

 6者協議は実態として、米朝交渉に変質したにも関わらず、議長国中国が米国にクレームをつけないでいたのは、〝金正日政権の非核化〟という点で両国に矛盾がなかったからだ。

 だから、北朝鮮国民を大量に餓死させ、人権を犯している金正日政権を見て見ぬ振りをし、6者協議を破綻させないで来たのだ。米中は、金正日政権の暴発抑止(そんな力などないのだが)の方が、東アジア全体の利益に繋がる、と考えているのである。

 韓国は当事者であるから、他の国とは事情が違う。急いで統一したら一夜にして2000万人の失業者を抱え込み、南北で混乱を引き起こす。それは避けたい、と多くの人が本音では思っていると推測される。

 韓国は、北朝鮮への中国の影響力を牽制しつつ、米日の協力を背景に、時間をかけても自由民主主義体制の統一を実現したいと考えている。だが、これはいずれも各国の思惑であって、この思惑通りにことが運ぶのかどうか、神様でも予測できない。多分、行かないと思う。

 

6者協議からの教訓

 ここ数年間の6者協議の経過を見ていて、分かったことが幾つかあった。

 一つは、当然のことであるが、米国の民主党も共和党も、金正日政権の本質を知ろうとしていないことだ。いや、知る必要もない、ということであろう。

 ここで日本がリーダーシップを発揮しなければならないのだが、日本には独立した情報機関が存在しない。従って日本独自で拉致を解決する能力を持っていないのである。

 ならば、政府が拉致解決のために必要不可欠の情報収集などに、カネを使っているのだろうか。私は寡聞にして知らない。この面からも拉致解決の能力を欠いている。

 こんな状態だから、個人の利益しか念頭にないヒル国務次官補に勝手な振る舞いを許して来たのである。

 だが、情報機関の設立と言っても現在の国政の状況では難しい。政府が「よくない」という声が巷に溢れているが、結局、ねじれ減少和作ったのは国民だ。日本の現状は、国民の意識水準の反映に他ならないのだ。

 

危機迫る朝鮮半島

 米国の大統領選挙の行方も分からない。日本の総選挙の結果も、その後の政局がどう展開するのかも全く不透明である。政治が安定するという雰囲気ではない。拉致救出に対する主体的取り組みが一層求められているのだが、現実は、逆な方向に動きつつある。 

 こんなとき、金融恐慌が世界を襲い、加えて金正日氏にもしものことが起きたらどうなるのか。金正日政権の崩壊は、かつての朝鮮戦争にも勝るとも劣らない「歴史的大事変」なのであるが、日本では、そういう捉え方は、本ネット以外に見当たらない。

 自民・民主両党の総裁(代表)選挙を見れば分かるように、アジア情勢について危機感は全く感じ取れない。この日本の危機感のないことこそが危機である、と私は思っている。すべて見通しは明るくない。

更新日:2022年6月24日