ブッシュ大統領の「拉致は忘れない」の言葉を聞いて

佐藤勝巳

(2008. 7. 8)

 

 私は、7月3日、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会の会長を辞任した。

 3日後の6日、愛媛県松山市で開催された政府拉致対策本部、救う会全国協議会、北朝鮮による拉致問題を考える愛媛県民会議(救う会愛媛)、北朝鮮による愛媛県人疑惑の真相を究明する地方議員連盟連絡会(愛媛拉致議連)主催の「拉致被害者を救出するぞ! 国民大集会in愛媛」集会は、2000名収容の松山市民会館大ホールに、3000名の市民・県民が集まり、ロビーや通路まで人で埋まり、それでも収容しきれず250名の参加者にお帰りいただいた。

 集会での加戸守行知事・塩崎恭久初代拉致問題担当大臣・中村時広松山市長の挨拶は、いずれも単なる外交辞令ではなく、問題の核心を突いていて、実に充実し緊張感に満ちたものであった。

 また、平沼議連会長、救う会愛媛から政府批判が次々となされるなど、日本の民主主義の強靭さも確認された。

 有本嘉代子さんは、「緞帳が上がったとき、通路まで埋め尽くした会場を見て、かつて被害者5人が帰ってきて、東京有楽町の国際フォーラムで集会が開かれ、緞帳が上がったときと同じ感動を受けました」と声を震わせて発言していた。

 目前にサミットが開かれ日米首脳会談が同時進行しているという情勢も確かにあったと思われるが、基本的には中矢民三郎救う会愛媛会長を中心とする「救う会」の力であり、それを支えている県民、市民(愛媛県、松山市)の力量であったことは間違いない。

 愛媛集会をはじめ、これまで各地で開かれた国民大集会は、国・自治体・救う会が力をあわせたら、運動は広がりを見せるのだ、ということを私に教えてくれた。「国民大集会in○○」を全国に組織してきた責任者として私は、「やるだけやった」と思って会長を去ることが出来る。

 

 愛媛集会が終わり、帰りの松山空港で福田総理大臣とブッシュ大統領の共同記者会見を見ながら、花岡信昭氏(政治評論家)のコラムを思い出していた。

 花岡氏は、ブッシュ大統領のテロ支援国家指定解除に際して「拉致問題を決して忘れない」という発言を捉えて「『忘れない』は(男女の)別れ言葉」(産経新聞・コラム「政論探求」7月1日付)と書いていた。

 誠に言い得て妙であるが、非常に複雑な気持ちで読んだ。花岡氏はこのコラムの中で、日本側が米国に対してやるべきことをやっていない、という趣旨のことを書いている。

 日本人が金正日政権に拉致されて、数十年が経過している。それに対して日本が金正日政権に経済制裁をかけたのは、たかだか2年足らず前からだ。レーガン政権はソ連を倒すのに7年間の制裁をかけている。

 この二つの事実を見ても分かるように、わが国は、自助努力がなさ過ぎる。米国は自由と民主主義のために、第2次世界大戦後、朝鮮半島、ベトナム半島、バルカン半島、イラクなどで大量の血を流し続けた。日本は同盟国と言いながら、一滴の血も流していない。

 われわれが昨年11月、テロ支援国家指定解除をしないで欲しいとワシントンに要請に行ったまさにそのとき、海上自衛隊の給油艦がインド洋から引き揚げてきた。

 日本国内の都合で、国際テロとの戦いから離脱しておきながら、米国に対しては「テロ支援国家指定を解除しないで欲しい」という。米国からすれば、虫が良すぎると見えていることは間違いない。

 だからブッシュ大統領は「拉致問題は忘れない」と言いつつ、テロ支援国家指定を解除していく。これに対して一部から「ブッシュ怪しからん」という声は聞こえるが、「アメリカは頼りにならないから、核武装しよう」という声もない。

 かつて、世界情勢が読めず他国から支配を受け、支配者に文句ばかり言っている人達を「植民地根性」という言葉で侮蔑したものである。わが国がそんなことになってはならないと思う。

 アメリカにとって、テロ支援国家指定解除は米国内の政策問題の一つであって、日本が中国政策をどうするかというのと同じ話なのだ。

 しかし、今回のブッシュ政権の6者協議に対するスタンスは、クリントン政権と同じく、対話で金正日から核放棄を勝ち取れると考えている。これは基本的な錯誤である。現実に、寧辺で用済みの冷却塔が爆破されただけである。

 6者協議が始まったのが2003年8月だから、既に5年が経過している。その間、金正日政権に20万トンの重油や鋼材をただ取りされているのに、5者は生産されたプルトニウムの量も行方も把握できずにいるではないか。

 それに昨年末までに核施設を申告することになっていたのに、金正日政権が申告してきたのは6ヵ月後である。ヒル国務次官補もわが国の外務省も、「行動対行動」と金正日政権の口真似をしているが、申告を半年も遅らせた金正日政権に米国はじめ5者はどんな「行動」をとったのだろうか。

 何の行動もとっていないではないか。約束を守らないものには懲罰を加えるのが普通だ。何が「行動対行動」なのか。ふざけてはいけない。

 テロ支援国家指定解除する今のブッシュ政権を見ていると、安倍政権前のわが国政府の北朝鮮政策よりも酷い。だが、そういうアメリカに日本の拉致解決や安全保障問題が左右されていく、どうしようもない現実がある。

 そこで日本はどうするかだ。いまこそ、どんな対米戦略で臨み、戦術も含めて結果はどうだったのかを検討する必要がある。われわれがアメリカ大統領から得た回答は、「拉致は忘れない」という「別れの言葉」であると笑って済ませることはできない。

 われわれはこの事実から、拉致解決に本気に取り組むという教訓を引き出さなければならない。イスラエルや韓国・台湾のような対米工作が必要であったにも関わらず、それを怠ったという点では、歴代の政府の責任は重い。

 だが政府は、国民の声以上のことはしない。無念であるが、この面で国民の声が政府を動かす水準に達していなかったのだ。

 国民の声が「可哀想」という「人権・人道」から「奪還の手段」に注意が向いていたなら、米国がテロ支援国家指定解除に動くと同時に、日本政府は金正日政権への送金停止をかけることが可能であった。

 そうなれば、ブッシュ政権は「野合」の障害になるから、日本に対して「やめてくれ」と言うであろうから、すかさず「拉致解決に協力して欲しい」と「要請」すべきであった。  

 だが政府は行動しなかった。誰も口先だけで制裁という国家意思を表明しなかった。現にブッシュ政権は、日本時拉致解決にどれだけ動いたのか極めて疑問である。

 しかし、遅くはない。これからも愛媛集会のような質・量共に高い水準の集会が方々で実現できたら、日本政府は、金正日・ブッシュ両政権に対して断固として、拉致解決を主張できる。すべてのことは、われわれ国民の関心の質と量に関わっている。

 7月6日の救う会全国協議会役員会は、圧倒的多数で政府との共闘を否決した。

更新日:2022年6月24日