政策転換を糾す

佐藤勝巳

(2008. 6.16)

 

 6月13日夕方、日朝実務者会議を終えて帰国した斎木昭隆外務省アジア大洋州局長から、家族会・救う会などに対して説明が行われた。以下の文章は、その説明会で今回の日朝実務者会議で決まったことを記した文書の一部である。

 

3 結論

 (1)北朝鮮は、拉致問題の再調査を実施する。また、北朝鮮側は、『よど号』関係の問題解決のために協力する用意を表明した。

 (2)日本側は、現在北朝鮮に取られている措置の一部解除として、人的往来の規制解除、航空チャーター便の規制解除、及び人道支援関連物資輸送目的の北朝鮮船籍船舶の入港許可を行う。

 (註)「再調査」に関し、日本側より「生存者を発見し、帰国させるための調査である必要がある」と明確に指摘。今後、調査の具体的態様等につき日朝間で調整していくことになった。

 人道支援関連物資輸送目的で入港する北朝鮮船籍船舶に積み込まれる物資は、民間人の人道支援関連物資を想定、日本政府として現時点で人道支援を考えていない旨言明。入港時に乗客の下船、貨物の積み下ろし、人道支援物資以外の物資の積み込みは認められない旨も確認。

 以上が今回の実務者協議で決まったことである。

 これに対して救う会は、以下の4点を指摘した。

 ①「圧力と対話」の方針が、今なぜ「制裁解除」に変わったのか。

 ②北朝鮮は、過去、「再調査」は数回表明してきたが、すべてゼロ回答であった。今回どんな保障があるのか。

 ③拉致被害者の返還の道筋が見えていないのに(ハイジャック犯の返還など当たり前の話)、上記の制裁解除はナンセンス。

 ④制裁解除は、米国国務省にテロ支援国家指定解除OKという間違ったメッセージを与える危険性が高い、など指摘した。

 

 ①に対する斎木局長の回答は、「話し合わなければ拉致は解決しない」というものであった。

 われわれは今まで、話し合うために家族を先頭に「圧力」を加えることに賛成してきたのである。今回の北京会談で金正日政権が「再調査」に応じたのは、日本を中心とする外国の圧力があったからこそ、拉致は解決している」といういままでの主張を撤回したのだ。これは「圧力」の成果として正当に評価してよいことである。

 だが、②は一番問題である。上記の外務省の配布文を見れば分かるように、北朝鮮は拉致被害者の「再調査」の実施を約束し、「よど号」関係者の問題解決に協力すると言ったから、日本政府は、①人的往来の制限解除、②航空チャーター便の規制解除、③人道支援関連物資輸送目的の北朝鮮船籍船舶の入港許可を行う、という。

 わが国外務省の過去の歴史を見れば分かるように、北朝鮮との交渉は拉致解決が優先ではなく、国交正常化が優先であった。 拉致解決が正常化交渉の入り口に据えられたのは、06年9月26日の安倍晋三内閣成立と同時に「拉致対策本部」が結成されてからである。

 以来、拉致解決の政策は同本部が決定している。外務省は本来所轄官庁であるにもかかわらず、拉致対策本部の決定事項を実現する交渉機関の一つとなった。

 これは、外務省にとって谷内事務次官以前には考えられない「異常事態」ではなかったのか。今回「圧力」から「制裁解除」へと政府が政策転換した背景には、外務省藪中事務次官らによる拉致解決へのリーダーシップを、拉致対策本部から「奪権」するという背景があったのではなかろうか。

 首相官邸の中で、どんな手続きで、誰と誰がどんな論議をして拉致救出の政策転換がなされていったのかはわからないが、外務省の動きを見ている限り、「政策の中身」も「交渉のやり方」も〝国交正常化優先〟にもどすという動きの第一歩ではないのかと私は見ている。

 なぜそう見えたか。マンギョンの入港などこんな制裁解除の大判振舞えは、金正日政権の要求そのままの受け入れではないか。

 問題は「再調査を実施する」という金正日政権の発言を手がかりに、部分的に制裁を解除したことが、拉致救出にとってプラスかマイナスかである。(緑色部分全文カットしてください)

 私は、これで金正日政権が拉致被害者全員を釈放してきたら、この政策転換にゴーサインを出した福田首相は万雷の拍手を浴びるであろう、と思っている。「歴史に残る総理」となることは間違いない。 

 反面、従来と同じく「再調査」結果がゼロなら騙されたのであるから、償いとして福田内閣は日本から北朝鮮への送金停止、日本からの輸出品目の全面禁止、北朝鮮のチャーター船の入港禁止措置という新しい制裁追加をもって臨むべきである。 

 政府がそれに応じなければ、集会・デモ・座り込み、など合法的手段のすべてを駆使して徹底的に戦うべきだ、と私個人は思っている。

 なぜなら、被害者家族は肉親に危険が及ぶことを危惧しながらなお、救出には制裁強化が必要だと主張する苦渋の選択をしているというその重さを無視して、政府は全く逆の政策を選択したのである。 責任は重大である。

 私の記憶に誤りがなければ、金正日政権が「再調査」を日本政府に約束したことが過去数回ある。最後は06年5月の小泉首相(当時)の2度目の訪朝のときである。いずれも調査結果はゼロ回答であった。政府、特に、外務省は誰より金正日政権を信用できないことを承知しているはずだ。

 それなのに金正日政権の「再調査」という口約束をなぜ信用したのか。信用できない金正日政権に対して「調査結果」を聞いてから、制裁解除などの取引をするのが外交の常識ではないのか。それをしなかったのは「裏取引がある」からだとの噂が流布されている。

 いずれ真相が明らかになるであろうが、この時点でなぜこんな訳の分からない交渉が行われるのか、誰も納得できないでいる。

 われわれは、「圧力政策」で臨んできた政府の拉致救出政策を支持してきた。その政策が「制裁解除」に変わったのであるから、当然検討しなくてはならない。既に、一部ネットでは「国民大集会を中止せよ」との声が出ている。だが、集会を中止して政府批判をやれば、拉致被害者救出が可能なのか。そんな短絡的なことで救出が可能なのであれば、苦労はない。とっくに解決しているはずだ。

 政府批判をしている人で、拉致被害者を、海上自衛隊の潜水艦を持って救出せよ、と主張している人がいる。しかし、それは話としては面白いが、実現不可能であり無責任ですらある。

 なぜなら、拉致被害者救出運動の特質は、政府の関与なくして解決は不可能だからだ。そして海上自衛隊も政府の一部である、ということだ。

 政府に、どうやって最も合理的な方法で救出に動いてもらうかである。もっと言えば、家族会や救う会の望む方法で救出の動きをしてもらうかが、もっとも肝要であると私は考えている。「国民集会in00」は、その一つの選択肢でもあるのだ。

 だから、この集会の中で、われわれは政府と考えが違う点は明確にして批判をしていく。「相手が調査結果も言ってこないのに、制裁の一部を解除するのは誤りである」と明白に批判をしていく。だが、一致点は評価していく。ぎりぎり政府と共闘を組めるところまで組んでいくのが〝拉致被害者救出への近道〟と考えている。

 喧嘩はいつでもできる。

更新日:2022年6月24日