金正日政権シリアに核流出

佐藤勝巳

(2008. 4.30)

 

 米国ホワイトハウスは、金正日政権が、表面で6者協議を進め、裏で中東のシリアに核施設を流出させている事実を映像付き?で公表(暴露)した(4月25日)。

 米政府は「北朝鮮がシリアの核活動を支援してきたと確信する」と声明で述べた。さすが米国である。 

 この発表は、ブッシュ大統領自身が金正日に騙されてきたことを、全世界に認めたことでもある。誠に立派な態度であり、ブッシュ大統領を見直した。なぜこのタイミングで暴露したかは諸説があって真相はよく分からないが、よいことである。

 高村外相は、このたびの米政府の措置で、金正日政権は「正確かつ公正な申告をせざるを得なくなるのではないか」という願望をこめたコメントをした。誰もがそうあって欲しいと願うだろう。しかし現実は、外相の期待に反して逆に動くであろう。

 なぜなら、金正日政権は、韓国全斗煥・元大統領をビルマ(現ミャンマー)のラングーンで爆殺しようとしてテロを実行した(1983・10・9)。犯人は捕らえられ、テロを自白し、物証も挙がった。にもかかわらず、金正日政権は「韓国情報部のデマとでっち上げだ」と臆面もなく言ってきた。

 また、1987年11月の大韓航空機爆破は韓国情報部の「自作自演」、と言ってきた。日本人拉致も「韓国情報部のデマとでっち上げだ」と5年間も言い続けてきた。金正日政権はどんな証拠を突きつけられても、自分の非は絶対に認めない。高村外相が言うようなことには間違ってもならない、と残念ながら言わざるを得ない。

 金正日政権や朝鮮総聯は、今回も「デマとでっち上げ」で通すであろう。しかし、ヒル国務次官補は米国の外交官であるからそうは行かない。だが、彼は「米国で言われているシリアへの核移転云々は米国内の情報機関同士の縄張り争いで、交渉の障害にならないと金桂寛次官に説明した」と、北にリークされている。これが事実なら、ヒル国務次官補の首はいくつあっても足りないことになる。

 ヒル国務次官補は、核施設の申告は明日にでも実現できるような嘘を平気で口にする。

 例えば4月上旬のシンガポールでの米朝会談で、「ヒル国務次官補はこの日、北朝鮮代表である金桂寛外務次官との会談後の記者会見で『良い協議をした』とし『今日交わした内容について本国の訓令を受けることにした』と述べた。また『どれだけ良い協議だったかはすぐ分かるだろう。このままうまく進めば北京でもっと多くのことを発表できる』と付け加えた」(韓国・中央日報08・4・8)。 

 だがシンガポール交渉から1ヶ月後、ヒル国務次官補の発言とは逆に、ホワイトハウスから冒頭の金正日政権のシリアへの核施設の流出が具体的に公表されたのである。これがシンガポール会談へのブッシュ政権の回答であろう。

 ヒル国務次官補が「どれだけよい協議だったかはすぐ分かるだろう」と述べていたことはいったい何だったのか。彼は外交官ではなく、詐欺師ではないかと疑いたくなる。

 金桂寛次官は、2月19日の北京でのヒル国務次官補との交渉で、ウラン濃縮による核開発と核拡散を否定していた。ところが、金桂寛次官は4月のシンガポールでは否定しないで話し合いに応じてきた。だから「一定の前進」?ということであるが、本当にそうなのか。「完全かつ正確な核施設の申告」とは、

 ①生産されたプルトニウムの量の申告。

 ②そのプルトニウムの行方(何処に貯蔵されているか。原爆を作っているなら何個で何処に保管されているのか)の申告。

 ③濃縮ウラン製造施設の所在地名の申告。

 ④シリアなど中東への核拡散の申告。

 ⑤金正日政権が日本人拉致被害者を帰国させるための交渉に入った。

 以上5点が解決して、初めてテロ支援国家指定解除が日程に上るのである。

 ヒル国務次官補がシンガポールで「暫定合意」ができたかのごとく口にしていたが、上記の基準からすれば合意も申告も何もなされていないのだ。

 変化があったとすれば、金桂寛次官がウラン濃縮と核拡散問題の話し合いを拒否していたのが、話し合いに応じてきたということであるが、「話し合い」と「合意」とは全く別なことである。

 そして現実に起きてきたのは、ホワイトハウスの、金正日政権に対するシリアへの核流出の暴露である。筆者がいままで北の核問題で再三指摘してきたことであるが、金正日政権の核放棄などありえない。彼らの側からすれば核の放棄は自殺行為だからである。 

 なぜなら、北朝鮮は人口2000万前後、世界の最貧国に位置している国の一つである。

  「国連下部組織の世界食糧機構(WFP)アジア局長は4月16日、『北朝鮮は昨年夏の洪水の影響によって、総人口の1/3相当の650万人が飢餓線上にある』と警告した。深刻な北朝鮮の食糧          

 問題の打開は、外部世界の迅速な大規模支援(中略)が大事だ」(花房征夫(本サイト2008.4.25「北朝鮮 清津でコメ騒動」)という状態なのに、現実は、米国・中国・日本・韓国などが、最貧国政権に振りまわされている。

 なぜか、最貧国が核兵器を所有し、核流出を現実に行っているからだ。核を持っているから相手にされているのであって、そうでなかったら誰も相手にしない。

 中東地域に限ったことではないが、核流出はドミノ現象を引き起こす。だからイスラエル空軍がシリアの核施設を爆撃したのだ。これは誰が考えても乱暴な行為である。しかし、国連安保理の議題にも取り上げられていない。これは核の不拡散という大義が暗黙に肯定されているからであろう。

 今、金正日政権は、かつてない危機を迎えている。前掲花房征夫(「北朝鮮 清津でコメ騒動」)報告で触れているように、あの独裁体制下で、大規模のコメ騒動が起きたこともショックであるが、同時に咸鏡北道の労働党道委員会が、暴動を起こした婦人たちを抑えたら暴動はより拡大し、金策製鉄所の労働者をも巻き込んだ好ましくない現象が予測されるとして、党中央委員会に建議した、ということである。

 結果として、暴動の原因となった50歳以下の婦人の市場での商売が認められたという。党中央委員会決定が事実上覆ったのである。党中央が力を失いつつあることは確実である。金正日政権を支えているのは党だ。それが揺らぎ出した。こちらの方がより大事件と言わなければならない。

 「清津事件」は、口コミで北朝鮮全土に広がっていることは間違いない。これが今後、どんな展開を見せるのか、ヒル国務次官補の地位と同じく、目が離せない。

更新日:2022年6月24日