追い詰められたハッタリ外交

佐藤勝巳

(2008. 4. 4)

 

 多少不謹慎な言い方をすると、北から8年ぶりに「懐かしい罵声」が聞こえてきた。

 謀反を起こしたものを「逆徒」と呼ぶが、金正日の機関誌「労働新聞」(4月1日)は、韓国の李明博大統領を指して「逆徒」と呼んだのである。

 金大中・盧武鉉両人は金正日の〝家臣〟として、金正日の指図通り動いてきた。だが李明博は〝家臣〟の分際で言うことを聞かないものだから、「逆徒」ということらしい。異文化の日本から見ていると物笑いの種にしかならないのだが……。まさに「独裁封建王朝」「唯我独尊」そのもので、非常に分かりやすい。

 それはともかく、金正日政権は、3月24日開城工業団地に常駐している韓国人職員の退去を命じ、28日黄海に向けて短距離ミサイルを発射した。29日には韓国・合同参謀本部議長が「金正日政権の核攻撃の兆しが明らかになった時は先制攻撃もありうる」と発言したのに対して、金正日政権は同日、「発言を取り消し謝罪しなければ、韓国側当局者の南北軍事境界線通過を遮断する」と宣言した。

 他方、外務省スポークスマンは3月28日「ブッシュ政権に失望」「合意履行膠着、米に責任」との談話を出し、改めて6者協議の「10・3」合意に違反して、テロ支援国家指定など解除しないのは米国であると非難し、「米国が核問題の解決を遅らせれば、今まで進めてきた各施設の無能力化にも深刻な影響を及ぼすであろう」と無能力化(原子炉からの核燃料棒抜き取り作業)中断の恫喝をかけてきた。

 そして冒頭で触れた4月1日には、李明博大統領を「逆徒」と呼んで、同政権の〝金正日政権が核を放棄しない限り援助をしない〟という態度を「たわごと」と罵倒した。

 李明博政権は、北の韓国軍幹部の発言に対する謝罪要求を拒否した。すると4月3日金正日政権は、南北将官級会談の北朝鮮側団長名義で「全ての南北会談の中断」を宣言、「軍事的対応措置をとる」とブラフをかけてきた。

 誤解を恐れずに冒頭で「懐かしい罵声」と言ったのは、こんなセリフを、過去、耳にたこができるほど聞かされてきたからだ。ヤクザや愚連隊は相手が言うことを聞かないとみるや、猫なで声でしゃべっていた態度を豹変して畳にドスを突き刺し、「俺を誰だと思っている。寝言を言うんじゃない。怪我をしたくなかったらカネを出せ!」と凄む。金正日政権のやっていることは、これと同じだ。それ以上のものでもそれ以下のものでもない。本性を現わしただけの話である。

 問題はこの時点でなぜ脅迫に出てきたか、である。一つは、対外的に八方塞がりになっていることだ。頼みにしていたヒル篭絡も、ブッシュ親書で吹き飛んでしまった。

 困った金正日は、「朝中友好は、両党と両国の指導者が残した貴重な財産だ。われわれが中国を裏切ったり、信義を忘れたりすることがあろうか」(1月30日)と、胡錦濤国家主席の特使として北朝鮮を訪問した王家瑞中国共産党対外連絡部長に伝えた(中国国営通信新華社が1月31日報道)。これは金正日の中国への詫び状だ。

 これに対して中国が金正日に詫びのおとしまえ(代償)として求めたものは核の放棄だ。やくざ同士の取引は堅気と違う。言うことを聞かなければ、ということで中朝国境に瀋陽軍区の主力精鋭部隊を配備した。

 つまり、米中二大超大国から核放棄に、よりストレートに圧力がかかり出したということだ。日本は従来からの「拉致の進展がなければ油一滴、コメ一粒も出さない」という姿勢を崩していない。

 こう見てくると一番脅しが効きそうなのが李明博政権ということである。問題は、この戦争恫喝に李明博政権がどう対応するかである。「やれるものなら、やってみろ」と答えは一つしかないはず。妥協したら負けだ。第一、外国から重油の援助を受けているものが、戦争をどうして出来るのか。

 北朝鮮人民軍は、各軍団に被服、食糧、日常雑貨すら供給できず、現地調達だという。兵士は腹をすかし、民家に押し入り強盗を働き、地域住民の顰蹙を買って久しい。志気は地に落ちている。こんな軍隊が戦争など出来るはずがない。

 中国は北京五輪を目の前にして、金正日政権の戦争政策を潰すことがあっても、援助することなど100%ない。

 李明博政権は、慌てることは何もない。ハッタリには沈着冷静に黙って有事に備えれば、暴発など出来ない。

 今回のブラフのもう一つの背景には、金正日の後継者問題がある。北朝鮮からのさまざまな情報で、一つだけ一致しているのが金正日の体力の衰えで、カウントダウンが始まっているという。それなのに現時点で後継者は決まっていない。

 3派または4派あるといわれている金正日の後継者候補、各派が水面下で激しい縄張り争いを繰り広げているという。最近しきりに粛清説が伝えられているが、誰が誰を粛清しているのか。その他、軍の演習、ミサイル発射などの対外的側面と後継者問題をめぐる国内の後継者争いと関連がある。例えば、南北対話の中断をどうして将官級会談の代表が表明するのか。 

 昨年12月の大統領選挙で、李明博大統領は「独裁封建王朝」に好意的な大統領候補に530万票の差をつけ当選した。その大統領を「逆徒」と呼び、「軍事的対応措置」をとると脅しをかけるのは、金正日政権の韓国国民への侮蔑と挑戦以外のなにものでもない。

 だが韓国保守系から、4月9日の国会議員選挙で李明博大統領の属する「ハンナラ党の『第一の選挙運動員』は金正日」(右派理論的指導者・趙甲済)という声が上がっている。

 金正日が、「戦争だ」と脅せば韓国民は恐れおののいてハンナラ党候補に投票しないという読みなのであろう。しかし本当にそうなるのかどうか、今度の国会議員選挙は今後5年間の朝鮮半島情勢を占う試金石ともいえる。

更新日:2022年6月24日