ヒル国務次官補5月ごろ退任説

佐藤勝巳

(2008. 3.21)

 

 久しぶりにジュネーブで、ヒル国務次官補と金桂寛次官との会談が開かれた(3月13日から)。結論は、米国の提案を金桂寛が「北朝鮮に持ち帰って検討する」ことになったという(外務省高官)。

 ところで、ヒル国務次官補は何を金正日政権に提案したのだろう。彼は、メディアに提案内容を明らかにしていないが、本ホームページ3月5日付のコラム「『空手形を乱発した』ヒル次官補に背を向けた北朝鮮」(自由アジア放送・編集・翻訳洪ヒョン)に米専門家の話が詳しく紹介されている。

 6者協議が行き詰まっているのは、北朝鮮が「完全で正確な申告」を怠っているからである。具体的には、「濃縮ウラン施設申告」とシリアなどへ「核拡散の申告」を拒否しているからだ。

 この行き詰まりを打開するため、ヒル国務次官補が金桂寛に何かを提案したということだ。上記自由アジア放送によると、「ウラニウム濃縮の件と核拡散の件が関連して、米国と北朝鮮が、それぞれ互いに相反しないレベルで各自の立場を明らかにする程度の『宣言文』か『共同声明』の形をとつている」と米外交専門家は語ったと伝えている。

 申告ではなく、「宣言文」か「共同声明」(これを「非公開申告案」と呼んでいる)で申告をしたとみなすというものらしい。

 今回の米朝ジュネーブ会議は、ヒル国務次官補と金桂寛次官の最後の茶番劇ということになるようだ。

 なぜなら、ヒル国務次官補はこの案を事前に議長国中国に提示した。すると中国は「究極的には非公開申告案が成功しようが、失敗しようが、その責任は中国ではなく米国が負うべきだ」「勝手にどうぞ」と言わぬばかりの態度である。

日本外務省は、ジュネーブでの米朝交渉の間、斎木アジア太平洋洲局長は何回かヒル国務次官補に電話をし「日本は拉致解決を最重要視していることと、後で交渉できないような約束は反対との考えを伝えてある。ヒル国務次官補が北朝鮮に何を提案しているか掌握しているが内容は公表できない」とヒルに対する警戒心をこれまた隠さない。

 肝心の金正日政権だが、いままでヒル国務次官補が北に「ウラ二ウム濃縮プログラム問題は結局米情報機関間の『もめごと』で終わるから『たいしたことはない』、シリアとの核協力説なども『たいしたことはない』と言ってきた。ところが実際はそうならなかった(ブッシュ「親書」を指す)ではないか、と北「高位官僚らは……ヒル次官補の『約束違反』を私的な席で糾弾している」という。

 身から出た錆とは言え、四面楚歌のヒル国務次官補。ワシントンでは「5月ごろ 

 ヒル氏が退任するのではないか」との声が聞かれ出しているという。

 

 クリントン政権8年間「軟着陸政策」という対北宥和政策をとった。ブッシュ政権になり、任期は8年のうち、約6年間は、圧力政策、06年秋から宥和政策に転換、約1年後金正日政権に「完全で正確な申告」を拒否され、事実上6者協議は破綻の危機を迎えている。

 クリントン・ブッシュ両政権の16年間の北朝鮮政策は、融和、圧力、融和、破綻と一貫性は何もない。アメリカの根本的利益は、国際テロ集団にテロ攻撃を受けないことである。特に、核攻撃からの防御である。

 国際的テロ集団に核生産技術を拡散できる意思と能力を持っているのは金正日政権だけ。したがって米国の対金正日政権の核心は、核の破棄が望ましいが、情勢によっては核の不拡散でもよいとの考えが当然選択肢としてある。

 06年9月からのブッシュ政権の政策転換はまさにこれであった。ところが、時を同じくして金正日は核実験を強行、中朝関係が緊張を高めると、金正日はブッシュ政権に命乞いをしながら、シリアに核を拡散していた。

 それを知った米国防総省は慌ててイスラエルと組んで(地中海の制空権は米軍が掌握、米軍の了解なしにイスラエル独自の空爆などありえない)、シリアの核施設を爆撃した。

 ヒル国務次官補は、上述のように米国内の強硬意見は「情報機関同士のトラブルでたいしたことはない」と言っているが、どこの国にも自己の利益(業績)を優先、国家の安全保障をないがしろにする「売国奴」がいる。ヒル国務次官補はそれに当たる。

 ブッシュ「親書」が出された背景には、金正日政権の中東への核拡散、アメリカへの核攻撃が現実性を帯びてきたからである。それ以外に説明の仕様がない。

 要するに当たり前のことであるが、米国は、国益優先で行動しているのである。ここまできたら、ブッシュ政権下で朝鮮半島の非核化実現など考えられない。

 しかし、ポスト金正日をめぐっての後継者争いの顕在化、ポストブッシュ政権にどんな政権が出来るのか、4月の韓国総選挙の結果、中道から右に揺れるのか、左に移行するのか、8月の北京五輪後の中国経済の動向、日本の政局の不透明さ、不安定要素にこと欠かない。

 しかし、拉致解決、北朝鮮からの核の脅威、食糧安保も含め、同盟国などの協力を得ることは不可欠である。が、基本的にはわが国が、独自で被拉致者を救出する、国家の安全を確保する、という共通認識を国民のなかに確立することが急務であろう。

更新日:2022年6月24日